ステレオラブのレティシアとの交流
――この楽曲にはステレオラブのレティシア・サディエールがヴォーカルとして参加していますが、どんなきっかけが?
「もともとは自分でヴォーカルも録っていたんですけど、僕の中では巨大な船の上で酔っ払っている女性革命家の亡霊のイメージが漠然とあって。それにネオ・フェミニズム的な考えがあるレティシアがぴったりはまった感じはありました。
歌入れは彼女の自宅で行って、大豆のスープを夕飯にご馳走になりました。付き合いはここ5年くらいで、前作のリリース時にもライブで共演していたんですよね。物販でCDとかレコードを売るときに、〈値段を書く紙がない!〉っていうことで、2人でゴミを漁ったりしてるうちに仲良くなって(笑)。
小学生のときに出会う友人みたいな感じでした。そもそも最初は彼女がステレオラブの人だなんて知らないまま遊んでましたから」
――いい話ですね(笑)。ステレオラブは去年から本格的に再始動していて、3月には久々のジャパン・ツアーも行いますし、東京公演は既にソールドアウトするなど根強い人気があります。やはり、本国イギリスでも彼らのファンは多いのでしょうか?
「そうですね、アメリカでいうとヨ・ラ・テンゴみたいに常に一定数のファンがいる印象です。
もうひとりのギター&ヴォーカルだったメアリー・ハンセン※が交通事故で亡くなってしまったんですけど、南ロンドンでステレオラブのライブを観た直後だったので驚きました。それ以来、恐ろしくて自転車に乗れてないんですよね。
自転車に乗っていると、意味もなく転ぶときってあるじゃないですか? 僕も自転車で転んだときに、真後ろをバスが走り抜けていった瞬間はヒヤッとして。ちょうどメアリーの訃報を聞いたばかりでしたし、たまたま同時期に自転車を立て続けに盗まれてしまったこともあって、なんとなく〈ここで自転車に乗るのはやめよう〉って……」
夢も現実の一部ですからね
――アルバムの話に戻ると、レティシアの客演がキーとなっているのか、“Something In Your Way”にはボサノヴァのフィーリングもありますし、全体的にこれまでになくポップな作品になっているなと感じます。音楽的にどんな部分がチャレンジングでしたか?
「ステレオで音楽を聴いているときに、いきなりモノラルになるとハッとしますよね。誰かの本音を聞いたような、あの感じを表現したいと思っていました。
前作は音数の少ないアルバムでしたが、今回はひとつ、そびえ立つ軸となる音を作って、それを他の楽器の音色で支えてあげるアレンジというか……。
アプローチとしては新たにメロトロンを採り入れましたし、ミックスを手がけてくれたマルタ・サローニとの仕事はすごくやりやすかったですね。彼女が使っている機材やテープ・マシンが僕も見たことのないものばっかりで」
――共同プロデューサーとしてもクレジットされているマルタさんは、最近あちこちで名前を聞きますよね。CHAIの“ファッショニスタ”(2019年のセカンド・アルバム『PUNK』収録)もミックスしていたり。
「ちょうど僕とレコーディングをしているときに、〈CHAIのミックスやるんだ〜〉って言ってました! 僕、日本人なのにCHAIのことを全然知らなかったので、マルタから教えてもらうっていう(笑)」
――彼女との仕事を経て、どんな発見や刺激がありましたか?
「なんというか、セカンドをミックスしてくれたGoh Nakadaくんもそうだったのですが、僕の抽象的な音の説明を瞬時に汲み取ってくれるんですよね。たとえば〈病院の待合室〉とか、〈近所で不発弾が見つかって人が向かっている〉……とか。フィクションっぽいんだけど、〈小さな町で起きた奇跡〉みたいなことを言うと、〈あー、はいはい!〉って。それで上がってくるミックスが良いんですよね(笑)。
ミックスの卓に〈ベース〉とか〈ギター〉って書いた白いテープを目印として貼るんですけど、それをいま話したような〈Hospital(病院)〉とかの言葉でタグ付けしていって……」
――Grimm Grimmの音楽には〈フィクションと現実の狭間〉というか、ドリーミーな雰囲気を感じていたので、そういったプロデューサー/ミキサーと出会えたのは素晴らしいことですね。
「自分としては現実を直視しているイメージだったんですけど、こないだも結婚式で演奏したときに古い友人から〈精神的な宗教音楽みたい〉って言われてビックリしました。たぶんリヴァーブの音がそう感じさせているのかもしれません。でも、夢も現実の一部ですからね」