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〈悪〉をテーマにした待望の新作は変幻自在のグルーヴが拓くポスト・パンクの新境地――あなたがスクイッドを覗く時、スクイッドもまたこちらを覗いている
脱ロック的なフォーマットの多様なUKインディー・バンドが各々の刺激的な音で頭角を表していた時代に、ブラック・カントリー・ニュー・ロードやブラック・ミディ、ドライ・クリーニングらと並んで脚光を浴びていたのが、オリー・ジャッジ(ドラムス/ヴォーカル)、ルイ・ボアレス(ギター/ヴォーカル)、アーサー・レッドベター(キーボード/ストリングス/パーカッション)、ローリー・ナンキヴェル(ベース/トランペット)、アントン・ピアソン(ギター/ヴォーカル)の5名から成るブライトン発のスクイッドだ。2021年にワープから発表した初作『Bright Green Field』が全英4位を記録し、2022年には〈サマソニ〉出演を果たすなど、時代の追い風も受けまくっていた頃から早数年。2023年の2作目『O Monolith』に続く待望のニュー・アルバム『Cowards』がこのたび完成した。
と思いきや、今作の制作時期は2022年11月〜2023年4月の6か月間だそうで、つまりは前作『O Monolith』が世に出る前から同時進行で準備が進んでいたわけだ。そういえば『O Monolith』も初作リリースの2週間後に作りはじめたという触れ込みだったから、5人はほぼ継ぎ目なく創作に取り組んでいることになる。その意味では初作からの連続性や一貫性を見い出すこともできるだろう。
「『O Monolith』は複雑なアルバムだったけど、とても良く出来ていたと思う。音楽的には、ちょうど僕たちが書き上げたばかりの次のアルバムとも『Bright Green Fields』とも関連していることに気づくと思うし、『Bright Green Fields』から現在までの僕たちの音楽の良い足がかりになったと感じる」(ローリー)。
「『O Monolith』がリリースされたその日に主なトラッキングを終えたんだ。『O Monolith』についてのインタヴューをしている間に、密かにアルバムを書いてレコーディングするのはとてもいい感じだった。ちょっとした楽しいことをしている感覚だった」(オリー)。
もちろん「しばらく作曲を離れて様子見してからまた始めるか、それともそのまますぐに次のアルバムを作るか、どうしたいのかを5人で話し合って決めた結果なんだ」(ルイ)とのことで、バンド全体のノリもいい調子だったのだろう。そんな『Cowards』の録音は前作で用いたリアル・ワールドではなく、ポール・エプワースが運営するロンドンのチャーチ・スタジオで行われ、マーキュリー受賞歴もあるマルタ・サローニがプロデュース、グレイス・バンクスがエンジニアを担当し。そうした環境の変化も作品全体のテイストに大きく作用したのは間違いない。ミックスは前作に続いてジョン・マッケンタイアが担当し、今回は一歩引いた格好のダン・キャリーもアディショナル・プロダクションでサポート。メンバー各々がマルチ奏者であるのに加え、前作でも活躍したザンズ・ダガン(パーカッション)のほか、瞑想的なコーラスやルイージ・クァルテットのストリングスも重要な役割を担っている。変拍子を凝らしたアンサンブルの新奇さが後退したぶん、弦楽器の優美さや荘厳さが明快に際立っているのだ(ジャケも素晴らしい!)。
「僕はとてもオーガニックに感じた。『O Monolith』の複雑さに対する僕たちなりのリアクションだったと思う。その結果、もっと直線的というか、もっと古典的なソングライティングになったと言えるかも。クレイジーな拍子記号や対照的なセクションをたくさん並べることへの興味を減らして、〈曲は曲である〉ということをもっと考えたんだと思う」(オリー)。
「ロンドンの特定の場所で多くの曲作りをし、そこでレコーディングをしたのは、そのプロセスにおいて、とても地に足が着いた感じがして、僕たちには非常に有益だったと思う。『O Monolith』の時の、カントリーサイドのど真ん中にいるのとはまったく違う感じのものが欲しかったんだ」(ローリー)。
作品のテーマは〈悪〉。さまざまな映画や小説などに着想を得ながら人間の奥底にある悪意や狂気が詩的に描かれ、アルバム全体がひとつの物語のサウンドトラック、あるいはひとつの組曲のように構成されている。なかでも興味深いのは村上龍の小説「イン・ザ・ミソ・スープ」に着想を得た“Building 650”だ。〈悪いことをしている者を咎めないのは臆病者なのだろうか?〉という問いは、アルバムの表題にも繋がるものだ。
きっともう4枚目のアルバムに取り掛かっていそうな彼らだが、ひとまずはこの変幻自在の演奏が織り成す危険な世界に足を踏み出してみてほしい。
スクイッドの作品。
左から、2021年作『Bright Green Field』、2023年作『O Monolith』(共にWarp)