〈韓国人〉としての自分を表現した新作
――同じ国ということで一括りにするのは乱暴かもしれませんが、近年ではイェジさんからBTSまで、〈韓国らしさ〉を保ったまま世界で評価されていますよね。そこは日本の音楽シーンも見習うべきだと思いますが、どうしてそれが実現できたんでしょう?
「それはたぶん、世界に出て行きたいという強い思いがあるから。でも、同じジャンルでそのまま勝負しても絶対に勝てないじゃないですか。だったら自分たちの文化を大事にして、海外の音楽も上手く取り入れつつオリジナリティーで勝負しようっていうのは、わりと自然な考えだと思います」
――そういう発想はイェジさんの音楽からも感じます?
「いままでは直接的に感じなかったけど、今回のミックステープに関しては、〈バックボーンが韓国人であることを大事にしたい〉という気持ちを作品全体で感じ取ることができます。例えば、新しく公開された“WHAT WE DREW 우리가 그려왔던”のミュージック・ビデオはソウルで撮影されていて、最初に登場するのはイェジのおじいちゃん(笑)。登場人物も、撮影に携わっているほとんどのスタッフが韓国人の友人だけでDIYに作っています。
映像のなかでは、カンガンスルレという古代韓国舞踊をモチーフとしたシーンや、ゴムとびをしているシーンがありますが、どれも伝統的な韓国の遊びですよね。頭にタオルを巻いて、サウナで友達と時間を過ごしたりするのも現代の韓国風景の一部です。
音楽的にも、これまでとは違ってハウス・ミュージックの枠を超えて、ひとつのジャンルには括れない自由な表現をしていますよね。彼女が聴いてきた韓国のインディー・ロックの要素だったりを上手く取り入れてるんだろうなって、なんとなく伝わってきます」
――他にもリスナーとしての立場から気になった点は?
「全体的に、韓国語の歌詞の割合が増えた。なおかつ、超シンプルなんですよね。同じ単語をひたすら繰り返している。メッセージを強く伝えたいからなのか、それとも韓国語がわからない人でもリズムとして共感しやすいようにしたかったのか。彼女の意図はわからないけれど、すごくシンプルだなと思いました。どうしてそうしたのか個人的にも訊いてみたいです。あとは音像的に、ダ―ク要素が増えた感じがします。なんか……暗い!」
――(笑)。
「悪い意味で暗いんじゃなくて、クールさが増したというか、カッコイイという意味で暗い」

――たしかに。これまではもっとフワッとした感じというか。
「そうそう、ソフトで可愛いイメージが強かったけど、今回はそれもしっかり残しつつ、攻めるポイントがはっきりしていますよね。本人はミックステープと言ってるけど、ある意味で初めてのアルバムじゃないですか。アルバムだからこその良さがちゃんと入っている。
例えば、1曲目の“MY IMAGINATION 상상”と最後の曲“NEVER SETTLING DOWN”のコード感が一緒なんですよ。だけど“NEVER SETTLING DOWN”に関しては、曲の終わりの方で一気にドラムンベースっぽく展開してインストで終わっている。フワッと終わらせるんじゃなくて、強めのサウンドで終わらせてるのも何か意図があるのかなって。
それに、ヴォーカルのミックス・ワークも凝ってますよね。同じ歌詞でも最初のヴァースと2番目とでは使ってるエフェクトが異なっていたり。私がヴォーカルで参加した“SPELL 주문”のレコーディングでは、最後のアウトロの部分って本当は2倍速で歌ったものを送ってたんですよ。それがまさか仕上げの段階で超スロウになるとは思っていなかったです。本当に細部まですごくこだわっていて。めちゃくちゃ努力したんだろうなといういうのが、ひしひしと伝わってきます」
――オートチューンやピッチ・シフトも駆使することで、柔らかい歌声がより表情豊かになった気がしますね。音楽性のレンジは広がってるけど、これまでの魅力は失われていない。
「しっかり延長線上で、新しいことにチャレンジしてるのがわかりますよね」

自分が属しているコミュニティー=〈家族〉
――〈友人、家族、感謝と支え〉が本作のテーマになっているそうですが、その辺りについては?
「すごいわかる。今回のミックステープに参加したゲスト陣は、すべて彼女が属しているコミュニティーの面々や、友達だけで構成されています。歌詞にも、彼女の日常が描かれていますけど、普段からイェジちゃんは自分が属しているコミュニティーを〈家族〉とよんでいて。彼女は周りの人への感謝の気持ちを忘れないし、それが言葉にも行動にも出てるんですよ。自身が一人のアーティストであることが周りにどういう影響を与えているのか、普段から慎重に考えているんです。
例えば、彼女は絶対にブランドさんとはタイアップしないんですよ。以前、日本でとある大きめな企画のオファーを提案したときに、〈こういう話があるんだけど、イェジちゃんどう?〉みたいに誘ったら、〈ブランドさんと一緒にやることで、自分以外の違う色がついてしまう。私は、自分と自分の友達だけで音楽をやりたい〉と丁重に断ってくれたことがあって。そこで私もハッとなって、原点に立ち戻ることができたんですよね。
SNSの普及によりインフルエンサー・ビジネスが活発になってから、流行りのブランドさんと一緒にやれるのがクールとかイケてるとか見られる傾向があるけど、それって本末転倒だなと思って。イェジがいかに、家族と友達を絶対的に大事にしているのかがよくわかりました」

――普通は満を持してのフル作、それも欧米の有力レーベルからのリリースとなれば、アメリカやイギリスの大物アーティストを招いたりしそうなものですが、『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』に参加しているのは彼女の周辺にいる新鋭アーティストばかりなんですよね。そういう筋の通し方も、いまの話と関係あるのかなと。
「そうかもしれない。もし大物アーティストとコラボするにしても、自分の曲としてはやらないんじゃないかな」
――チャーリーXCXに呼ばれたら一緒にやるけど、その逆はないというか。
「そうそう。周りの仲間たち(コミュニティー)と一緒に大きくなれたら、それが彼女にとっていちばんの幸せなんだと思います。すでにネームのデカイ人と一緒にやりたいという欲はないんじゃないのかな」