熟成しながらも変わり続けることを恐れない姿勢がまたもや彼らに傑作をもたらした。新鮮な歌い口と更新されたグルーヴ……やはり、いまのKIRINJIは最高だ!

シングルで感じた手応え

 ちょうど一年前。大阪と東京で開催されたメジャー・デビュー20周年記念ライヴ〈19982018〉。その日は、久々に堀込高樹・泰行の兄弟ユニット=キリンジがステージに立ち、現在のKIRINJIとの共演を果たした。“双子座グラフィティ”“エイリアンズ”などかつての楽曲に、古くからのファンは当然ながらに高まったわけだが、やはりその日のステージでいちばんに感じたのは、〈いまのKIRINJIが最高!〉ということ。いまの時代に響く音、いまの時代に映える音、いまの時代に埋もれない音──アニヴァーサリーに先駆けて発表されていた前作『愛をあるだけ、すべて』で、原点であるバンド・サウンドとエレクトロニックとの折衷を図りながら究めていった音像は、その目論見を見事に果たしている、と思えた。

 「そうですね、あのアルバムで何か掴んだ感じはあって、次の作品もその方向性でもうちょっとできないかと思いました。そういうなかで、弓木(英梨乃)さんがメイン・ヴォーカルの曲をリリースしたいっていう気持ちがあって……というのも、KIRINJIのライヴを観てくれた人は、弓木さんの存在っていうのを当然知ってくれているんだけど、例えば“エイリアンズ”しか聴いたことないよっていう人も世の中にはいっぱいいて、そういう人は彼女が魅力的な声を持っていることを恐らく知らないわけです。いまのKIRINJIになってから、かつてはコトリンゴも歌ってたし、弓木さんも歌って、たまに千ヶ崎(学)くんが歌ったりっていう、そういうおもしろさがあるとも思いますし」(堀込高樹)。

 ということで、2019年最初のリリースとなったのが、ギターの弓木英梨乃をメイン・ヴォーカルに据え、ソウル出身のDJ/シンガー・ソングライターであるYonYonのラップとヴォーカルをフィーチャーしたドリーミーなナンバー“killer tune kills me”。

 「そこでまた仕上がりに手応えを感じました。ミックスまでやってみたところで、次はこのレンジ感、ボトム感が全体に行き渡っているアルバムを作るのがいいんじゃないか、みたいな感じでぼんやり気持ちが固まっていきました。あとはその、この曲にはいろんな反応があって。しっかりボトムがあったうえで歌が真ん中にあってオケが比較的薄めで、っていう構造なのですが、いままでのKIRINJIのサウンドはわりとミッドに音が充実していたので、そういうのとはだいぶ違う音像になっているんです。それもあってか、この曲がいろんなプレイリストに入ったんですよ。いまだかつてないぐらい(笑)。それはたぶん、サウンドのバランスなのかなという気もするんですよね。R&Bのようなすごく強烈な存在感とはまた違う印象の強さが弓木さんの歌にはあると思いますが、それもウケたような気がしますし」(高樹)。

 

新しいリスナーを引き寄せる力

 その“killer tune kills me”と同時期に作りはじめたのが、鎮座DOPENESSをフィーチャーした先行配信曲“Almond Eyes”。そして、それらヒップホップやR&Bのレンジ感、ボトム感を湛えたポップ・チューンを経て届けられたのが、ニュー・アルバム『cherish』となる。前作から約1年半ぶりという、彼らにしては若干ピッチを上げた感じもあるが、それも近作での手応えを経ての前のめりな感じとも読める。

KIRINJI cherish ユニバーサル(2019)

 「今回も、デモの段階でわりと作り込んだものを僕が持ち込みました。ただ、“善人の反省”という曲はループしか作ってなくて、千ヶ崎くんにベースで適当なフィルを弾いてもらって、それを貼っていくっていう作業をしながら組み立てていきました。歌詞は先にあったから、歌い始めのフレーズこそ決めてましたけど、そのあとの歌メロは即興的に、でも譜割りをすごく意識しながら……というのも、ヒップホップ的な音がガンガン流れているようなところに、自分がやってきたようなニューミュージック/歌謡曲以降の譜割りでそのままポンと出すとものすごく古臭く聴こえる感じがしたんです。自分はヒップホップみたいなものはあまり通ってきていないですけど、日常的に耳にしているので、だんだんそういうところからの影響を受けていて。1曲目の“「あの娘は誰?」とか言わせたい”も、サビはこのメロっていうふうに決めていましたが、他の部分に関しては、すでにある詞をどうやってメロに乗せるかっていうのを試してみました。聴こえ方によってはラップのように聴こえるかも知れないところもあるんですけどね、要するに歌がグルーヴの妨げにならないようにっていう考えで作っていきました」(高樹)。

 そういったチャレンジがあちこちに施されてはいるものの、堀込高樹が作り出す曲の根っこにある〈グッとくる〉メロウ感には揺るぎがない。みんなが好きな、みんなが期待しているKIRINJIでありながら、前の作品よりも明らかに新しい手触りの音を聴かせていくというのが、いまのKIRINJIのスタイル。かねてから好きだった人が嫌いになる理由なんてまるでなく、むしろ前述のプレイリストの話のように、新しいリスナーを引き寄せる力がある。

 「“shed blood!”とかも、オーソドックスなソウル・マナーの構造ではあるのですが、音像が決定的に違うんですよね。アレンジとかコーラスとかソウルフルな感じとか、KIRINJIがかねてから持っていた部分ではあるし、だけど、この音像で聴かせたことはないというか、そういう意味で更新してる感じをこの曲でとくに感じますね。前作でリズム・トラックの打ち込みが一気に増えて、ベースもそれに寄り添う形のプレイをして、トラック全体がわりとスムースなグルーヴを聴かせる作りになっていましたが、今回もリズム・トラックはスムースでありながら、ベースに関してはもっと生々しい感じというか、エグ味だったりゴツッとした感じを意識しました。“雑務”も、普通のファンクといえばファンクなんだけど、やっぱちょっと違う。おもしろいものができたなって思います」(千ヶ崎学)。

 「“休日の過ごし方”も、メロがわりとオーソドックスで〈従来型KIRINJI〉みたいな感じではある。普通にやったらこれまでと変わらないものになってしまうと思ったので、ダッキングっていうEDMとかでよく使われる手法なんですけど、キックが鳴ると他の楽器の音が下がって、キックの音量が下がると上がるっていう、サビではそれをほのかに使っています。パッと聴きEDMっぽくはないんだけど、それをやるかやらないかで聴こえ方が違うんですよね」(高樹)。

 キャリア20年を経て、〈いまの空気を読む〉ということではいまがいちばん意識的かつ実践で示しているKIRINJI。熟成を続けるそのサウンドで、次のディケイドを迎えてもまだまだ新しい景色を見せてくれるであろうと、『cherish』を聴くことでまた期待が高まった。

 

KIRINJIの作品。

 

関連盤を紹介。
左から、堀込高樹が楽曲提供した畠山美由紀の2018年作『Wayfarer』(ランブリング)、ギャランティーク和恵の2019年作『オリジナルコレクション』(モアモアラヴ)、高樹が作詞で参加した原田知世の2018年作『L'Heure Bleue』(ユニバーサル)、弓木英梨乃のソロ・プロジェクトである弓木トイの2019年作『みんなおもちゃになりたいのさ』(YAMAHA)、弓木が楽曲提供したRYUTistの2019年のシングル“きっと、はじまりの季節”(PENGUIN DISC)、鎮座DOPENESSが在籍するFNCYの2019年作『FNCY』(EVIL LINE)