リモート制作の“Sunset blvd.”と〈かなしい〉を歌った“Mirror”
――他にはどんな実験を?
「“Sunset blvd.”は完全にリモートで制作しました」

象眠舎 Sunset blvd. (feat. Sarah Furukawa) FRIENDSHIP.(2020)
――今回の新型コロナウイルスの件があったからですか?
「そうです。移動中の感染リスクを避けるために。メロディーや歌詞を通話やクラウド上のDAWで完成させていったんです。最終的に録音された音源データを集めてエンジニアに送信し、仕上げてもらいました。長いときは1日6時間ぐらいグループ通話をつないだまま、各々が作業してたと思います」
――難しかった点ってあります?
「思いのほか少なく(笑)。同じ部屋にはいないのがいつもと違うだけで、よく知った仲間とだったら、案外支障がないことがわかりました。移動しなくていいから時間を有効に使えるし、一人で集中できるし、不明点があれば電話会議をすればいい。効率はかなり良かったと思います。この状況下で一丸となって作るぞ、という意気込みもあったと思いますが」
――作業工程も実験的ですね。”Mirror”はどういう風にできたんですか?
「実は、“Mirror”は泥酔しながら作っていて」

――なぜ泥酔してたんですか?
「失恋したから(笑)。本当に悲しくてしんどい状況下で作ってて、お酒を飲みながら勢いで録っていたんです。曲の冒頭の〈かなしいね〉って声なんですけれど。普通だったらそんなの差し替えるけど、森田さんが〈絶対にこの声を使った方がいい〉ってデモのときに言ってくれて。確かに本当に悲しい声だから……。
でも、2年経って自分の中での〈かなしいね〉の意味合いが変わってきたので、最終的に差し替えたんですけど。本当に悲しい声だったけど、2年経って意味合いが変わる中で、今〈かなしい〉気持ちを大切に仕上げていきました。
それで、2年前のイントロに最近のTENDREの歌を入れてもらいました。TENDREの声が主旋律ではあるけど、あえて平坦なメロディーを歌ってもらっているんです」
――なぜですか?
「〈かなしいね〉のメロディーをフックに使ってるから、ですかね。あとはTENDREの声がそもそも印象的だから、この曲の歌詞を歌ってもらうだけでその言葉のひとつひとつが刺さっていくんじゃないかなって思って作りました。
そういえば、“Mirror”は〈邦楽っぽくなさ〉を意識してます」

邦楽っぽさと洋楽っぽさ
――〈邦楽っぽくなさ〉とは?
「邦楽の曲にはメロディーのアップダウンがはっきりある歌謡的で扇情的なものが多いから、それをなくしてみようと思って」
――邦楽の扇情感って、どういうものでしょう?
「メロディーにもコード進行にも言葉にもフックがあって、あちこちに人の関心を繋ぎ止める工夫がされている。さらに、歌詞が聴き手に響くことが重視されるから、日本人にはめちゃくちゃ共感されると思うんですけど。
そのメロディーがAメロ、Bメロ、サビっていうフォームの上に乗っかって、飽きさせないようなアレンジが随所に施されている。その構造も大好きなんだけど、もっと自然に聴ける音楽をポップスを作りたかったんです」
――なぜですか?
「邦楽って、アルバムを一枚通して聴くと疲れる気がして。個人的に、アメリカの最近のポップスはすらすら聴けちゃうところが好きで。それは、トラック全体のリズムやミックス、ヴォーカルの質感の仕上げ方など、本当にいろんな工夫がされてるから。
モリタさんと作業する中でそういったことを本当にたくさん教えていただいて、勉強になることばっかりですね。彼からいろんなアーティストの音源を教えてもらって、やっと最近その工夫に気づけて、感心してるんです。
けど、結局のところ、そんなこと関係なく洋楽ってラジオとかでずっと聴いてても疲れないんですよね」
――だから洋楽を参考にした。
「そうそう。できるだけ自然に気持ちよくメロディーが進行していく感じ。洗い物をしながらとか、作業中とか、他のことをしながらストレスなく聴けるものを意識していました」