繊細な作風で世界を魅了してきたクレイロ――リオン・マイケルズのプロデュースによってアナログ録音の魔法を施された新作『Charm』には文字通りの魅力が溢れ返っている!
クレイロことクレア・エリザベス・コトリルは、アメリカのシンガー・ソングライター。98年にアトランタで生まれ、その後はカーライルで育った。自身の音楽をネット上で発表しはじめたのは、13歳のとき。活動当初はそれほど注目を集めていなかったが、2017年に“Pretty Girl”のMVがバイラルヒットすると、クレイロの人生は一変した。フェイダー・レーベルと契約を交わした後、デビューEP『Diary 001』(2018年)をリリース。翌年にはファースト・アルバム『Immunity』も発表した。本格的に注目を浴びはじめてから約2年で、クレイロは音楽シーンの最前線に躍り出た。
その『Immunity』は、周囲の多大な注目と期待に応えた良作だ。ローファイな質感のサウンドはソフト・ロックやエレポップの香りを漂わせ、彼女の優れたソングライティング力が全編にわたって輝いている。元ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタム・バトマングリと共同プロデュースした曲群は、荒削り面もなくはない。だが、そうした面を補って余りある将来性と魅惑的なメロディーセンスが際立っていた。
その才能は、2021年のセカンド・アルバム『Sling』で大きく花開く。ジャック・アントノフをプロデューサーに迎えた本作で彼女は、バロック・ポップの色彩を強めるなど、音楽性の幅を飛躍的に広げた。アレンジの引き出しも増え、アーティストとしての表現力を高めたのがわかる内容だ。全米チャートで初登場17位を記録し、商業面でもある程度の成功を収めた本作によって、クレイロは世界的に注目を集める表現者にまで登りつめた。
そうした道程を経て作られた今回のニュー・アルバム『Charm』は、クラシカルな側面が目立つ作品に仕上がっている。70年代のジャズ、サイケデリック・フォーク、ソウルに多大な影響を受けたことや、アナログテープでライヴ録音する手法の採用など、あらゆる面で20世紀の制作技術と音楽の要素が前面に出ている。強いて言えば、ナナ・ムスクーリ、マリア・アレハンドラ、ウェンディ&ボニー、ブロッサム・ディアリーといったアーティストたちが脳裏に浮かぶサウンドだ。
このサウンドをより深く楽しむには、クレイロがオンラインラジオ局NTSで選曲したトラックリストを聴いたほうがいいかもしれない。2020年8月に初登場以降、たびたびNTSにトラックリストを提供してきたが、そこでピックアップされている曲群は本作のサウンドに通じるものばかり。なかでも興味深いのは、今年編まれたトラックリストだ。レアなソウル、フォーク、R&B、ドゥワップ、ファンクを中心に選曲されており、クレイロの音楽オタクな性質が如実に表れている。そうした豊富な音楽的素養を下地に作られた影響か、本作のサウンドには繰りかえし聴きこみたくなる中毒性がある。もちろん、事前に知識を得ていなくても、キャッチーなメロディーや丁寧な音作りという魅力だけで、多くのリスナーを惹きつけられる作品ではある。とはいえ、ひとつひとつの音は先達の素晴らしい音楽と地続きであり、いわば歴史探訪の入口となっている。本作をきっかけに、音楽史の深い森を歩きまわってみるのも一興だろう。
本作は歌詞も素晴らしい。感情の機微をとらえた繊細な言葉選びが漂わせる詩情は、囁きに近いクレイロの歌唱も相まってニック・ドレイクを彷彿させる。リリースは夏真っ盛りの7月だが、真冬に暖炉で暖まりながらじっくり聴きたい親密感を醸している。特に耳を引いたのは“Second Nature”だ。〈シダーの樹液みたいに〉など、秀逸な比喩が多い歌詞は聴き手によって解釈が異なる多面性を特徴としている。そのうえで筆者は、運命の人に出逢ったときの気持ちを歌っているように聞こえた。そしてその気持ちは、クレイロがバイセクシャルであることを踏まえると、女性同士の恋愛関係において生じたものにも感じられる。そういう意味で“Second Nature”は、セクシャル・マイノリティーが題材の人気ドラマ「ハートストッパー」で使われてもおかしくない良曲だ。
『Charm』は、表現者としても人としても成熟が進んだクレイロだからこそ生み出せたアルバムだ。玄人も唸る滋味な音と、幽玄な言葉でさまざまな情動を描いた歌詞。あらゆる面で深化が見られる。成功に惑わされず、自分を貫いた音楽を紡ぐクレイロの姿はどこまでも気高い。
左から、クレイロの2019年作『Immunity』(Fader Label)、2021年作『Sling』(Clairo/Fader Label/Republic)、リオン・マイケルズが手掛けたノラ・ジョーンズの2024年作『Visions』(Blue Note)
クレイロが参加した近作を一部紹介。
左から、アーロ・パークスの2021年作『Collapsed In Sunbeams』(Transgressive)、ロードの2021年作『Solar Power』(Universal)、マーカス・マムフォードの2022年作『(Self-titled)』(Island)、デラウェア・ウォーター・ギャップの2023年作『I Miss You Already + I Haven't left yet』(Mom + Pop)、ブリーチャーズの2024年作『Bleachers』(Dirty Hit)