当代きってのヒットメイカー、ジャック・アントノフの魅力を本当に知っている? 喪失を超え、幸へと向かった新作に想うのは……もうブリーチャーズしか愛せない!
ソウルフルでチャーミング
テイラー・スウィフト、ラナ・デル・レイ、ロード……この10年に渡って彼がプロデューサー/ソングライターとして関わってきた錚々たる面々を思うと、(特に日本で)ジャック・アントノフ自身のバンド、ブリーチャーズが彼らほど認知されていないのは仕方がないのかもしれない。だが、ブリーチャーズのソウルフルでチャーミングな音楽は、もっと多くの人に届くべきだ。ジャック・アントノフという人間のキュートさや繊細さが、フックの多いプロダクションと起伏に溢れたソングライティングに投影されたその楽曲は、愛さずにはいられない魅力に溢れている。これまで3作のアルバムをリリースしてきたが、デビュー時からのレーベル、RCAを離れ、ダーティ・ヒットへと電撃移籍。このたび通算4作目となるアルバム『Bleachers』をリリースする。さらなる飛躍が予想されるこの機会に、ぜひブリーチャーズと出会ってほしい。
ジャックが2012年の楽曲“We Are Young”でグラミー賞を席巻したファンのギタリストというのは広く知られているが、彼がブリーチャーズを始動したのは、まだファンが活動休止に入る前の2013年頃のこと。同バンドのツアーで書き溜められていた楽曲は、2014年のファースト・アルバム『Strange Desire』にまとめられ、以降は2017年の『Gone Now』、2021年の『Take The Sadness Out Of Saturday Night』と、裏方仕事を多忙にこなしながらもコンスタントにアルバムを発表。ブルース・スプリングスティーンやニュー・オーダーを彷彿とさせるパワフルなサウンドとアンセミックなメロディー、ジョン・ヒューズによる80年代の学園映画を下敷きにしたというウキウキした感覚と青いメランコリアを併せ持つムードは、いずれの作品にも貫かれている。
もちろん変化もあった。それは初期のエレクトロ・ポップ的なサウンドから、オーガニックなロック・アンサンブルへと徐々に志向性を強めていったこと。特に『Take The Sadness Out Of Saturday Night』は、エヴァン・スミス、ゼム・アンドゥ(共にキーボード/サックス)、マイキー・フリーダム・ハート(ギター)、ショーン・ハッチンソン、マイク・リドルバーガー(共にドラムス)という、ほぼ固定化されていたライヴ・メンバーのレコーディングへの参加が増えたこともあり、バンドの朗らかで活き活きとした演奏が実にゴキゲンだ。ジャックの故郷であるニュージャージーの風景を描いた同作は、かの地のボス=スプリングスティーンとEストリート・バンドの演奏を意識的にオマージュした瞬間も多い。最近のインタヴューでジャックは〈数多くのライヴを重ねた結果、バンド・マジックを起こせるようになった〉と現編成への手応えを語っており、その最高潮な仕上がりっぷりは2022年に開催されたNYのレディオ・シティ・ミュージック・ホールでの公演映像などでも確認できる。
幸福になることを選ぶ
今回のニュー・アルバム『Bleachers』にセルフ・タイトルが付けられていることは、ジャックの自信の表れだろう。〈バンドの基準点がバンド自身になった〉と語っているように、本作は前3作の延長線上にありつつ、結果的にそれらの過去作すべてと異なる印象を持たせるアルバムになった。エレクトロ・ポップやニューウェイヴ、ニュージャージー流のロックンロールといった得意のサウンドが消えたわけではないが、バンドの演奏とエレクトロニクスはこれまで以上に有機的に調和。近年のジャックが関わった作品のなかでは、The 1975の『Being Funny In A Foreign Language』に近い印象だ。
そのThe 1975のマシュー・ヒーリーやクレイロ、フローレンス・ウェルチ、さらにバーティーズ・ストレンジやクロード、前作から引き続き登場のラナ・デル・レイ、アニー・クラーク、サウンウェイヴ、アーロン・デスナーといったジャックと縁の深い音楽家が『Bleachers』には多数参加している。もちろんエヴァン・スミスの陽気なサックスを筆頭にバンド・メンバーも随所で貢献しており、キャッチーな“Modern Girl”、ギター・ポップ調の“Tiny Moves”などには彼らのホットなライヴ・パフォーマンスを想像せずにはいられない。特にエヴァンがソングライターとして名を連ねている前者は、リリックもこのバンド自体をレぺゼンするものになっており、今後は〈ブリーチャーズのテーマ〉的な楽曲になっていくのだろう。
また初期から、ブリーチャーズの楽曲には、ジャックが18歳のときにガンで亡くなった妹への哀悼、生きていることへの罪悪感が映されていることが多かったが、そのテーマは本作でも色濃い。ホーリーでシネマティックな“Isimo”、ホットハウス・フラワーズの“I Can See Clearly Now”を思わせるスウィートなフォーク“Woke Up Today”などで描かれる、いまだ消えることのない喪失感は痛切だ。
その一方で、クレイロがコーラスを加える“Me Before You”やラナ・デル・レイとの共作で彼女も歌う“Alma Mater”といった楽曲では、2022年に結婚したマーガレット・クアリーとの出会いが、自分をどう変えたかがダイレクトに綴られており、アルバム全体にロマンティックなムードを付与している。ジャックは本作の起点に〈トリビュート・リヴィング〉という考えがあったと語るが、それは〈残されたものが、亡くなった人のぶんまで生を謳歌する〉という思考だそう。つまり、音楽家としての充実や人生のパートナーとの出会いを経て、彼はついに幸せになることを選べたのだ。
ケヴィン・アブストラクトやロミル・ヘムナニといったブロックハンプトン組も共同プロデュースを担う“Call Me After Midnight”、同曲にも参加しているサウンウェイヴと共作した“Ordinary Heaven”などアルバムの終盤では、アブストラクトやエクスペリメンタルな意匠を纏いつつジャズやソウルに接近した楽曲が印象的。後者では〈僕にはそばにいるしかできない〉と虚しさと優しさがない混ぜになった感情が歌われており、〈平凡な天国を見失わないで〉というリフレインが胸を打つ。
通奏低音となっている甘やかで落ち着いたムード、エレクトロニクスを交えた柔らかな音作りという点で、本作『Bleachers』 はR.E.M.が98年にリリースしたアルバム『Up』を思い出させた。いずれもインティメイトで、聴き手に〈自分だけの特別な名盤〉と感じさせる引力を持っている。そして『Up』がそうであったように、2024年に『Bleachers』に触れたリスナーは、これからの人生でたびたび、人を愛することの幸福感と無力感が広がるこの場所に立ち戻るときがくるはずだ。
『Bleachers』に参加したアーティストの近作。
左から、バーティーズ・ストレンジの2022年作『Farm To Table』(4AD)、クロードの2023年作『Supermodels』(Saddest Factory)、ラナ・デル・レイの2023年作『Did You Know That There’s A Tunnel Under Ocean Blvd』(Interscope)、アーロン・デスナーを擁するナショナルの2023年作『Laugh Track』(4AD)、マシュー・ヒーリーを擁するThe 1975の2022年作『Being Funny In A Foreign Language』(Dirty Hit)、ケヴィン・アブストラクトの2023年作『Blanket』(RCA)、ライアン・ビーティーの2023年作『Calico』(Warner)、サウンウェイヴが参加したカリ・ウチスの新作『Orquídeas』(Interscope)
ブリーチャーズとジャック・アントノフの歩みを知るための9枚
ブリーチャーズ名義での初作。“I Wanna Get Better”などアンセミックなエレクトロ・ポップを揃えていて、ビッグなプロダクションと私小説的な世界観のバランスが絶妙だった。女性シンガー12組による本作のカヴァー盤も翌年に登場。
後述のテイラーやロードを手掛け、いよいよ売れっ子になってきたなかで発表された2作目。サックス奏者のエヴァン・スミスら現メンバーも揃いはじめ、気の利いたアレンジや演奏が楽しい。ポップ職人としてのジャックの魅力が詰まった一枚だ。
ニュージーランド出身の若きシンガー・ソングライターはこの2作目でジャックと初タッグ。ユーフォリックな“Green Light”の存在感が大きいものの、“The Louvre”などじわじわとエモーションを高めていく楽曲にこそ彼の手腕が光る。
ゲイの高校生を主人公にした青春コメディー映画のサントラに、ジャックは6曲で参加。ムーとのコラボ“Never Fall In Love”の甘酸っぱさも良いが、ジョージ・ハリソン的なポップナンバー“Alfie’s Song (Not So Typical Love Song)”が最高!
カントリー・トリオの14年ぶりとなった最新作。メンバー、ナタリー・メインズの不幸な結婚生活と離婚を背景にした作品に、ジャックは軽やかさと明るさを与えている。表題曲やアニー・クラークのギターがゴキゲンな“Texas Man”など良曲揃い。
かねてから同郷ニュージャージーの英雄、スプリングスティーンへの憧憬を音に込めてきたジャックが、ついにボス本人を召喚した3作目。快活で力強いロックンロール・バンド然とした演奏を鳴らしており、文字通り〈悲しみをぶっとばす〉作品だ。
ジャックが関与したセイント・ヴィンセントの2作は音楽的な振り幅の大きさがおもしろい。デジタルな音で未来派ディスコを表現していた前作から一転、このアルバムでは70年代のソウルやプログレを参照点に、埃っぽい都市の空気を醸している。
〈ベッドルーム・ポップ〉を代表するシンガー・ソングライターの2作目にもジャックは大きく貢献。ストリングスや管楽器を重ねた音のなかから、オーガニックで優雅な歌が浮かび上がる。キャロル・キングやジョニ・ミッチェルの名盤に匹敵する一枚だ。
フローレンス・ウェルチ率いるバンドの5作目は、ジャックとグラス・アニマルズのデイヴ・ベイリーが手分けしてプロデュース。2曲目の“Free”は共同制作で、ドラマティックに盛り上げる歌唱とアッパーなエレクトロ・サウンドという3者の良さがスパーク!
ジャックが全編プロデュースした〈ミニオンズ〉最新作のサントラでは、70年代のヒット曲をフィービー・ブリジャーズやサンダーキャットらがカヴァー。ダイアナ・ロスとテーム・インパラがコラボしたオリジナル曲まで、人脈と人望の凄さが窺えます。
前年の“Sweeter Than Fiction”でのコラボを経て、ジャックとテイラーが本格的にジョイントしたのは2014年の『1989』から。オリジナル時は3曲の関与だったが、この再録版に収録の未発表曲はすべて彼がプロデュース。この10年の飛躍が見える。

ジャックは2019年発表の『Norman Fucking Rockwell!』以降、断続的にラナ・デル・レイの制作に関わっているが、彼女の父親による本デビュー作でも5曲に関与。ピアノとシンセを中心に据えた、静かな海の如きアンビエント作だ。












