インタビュー

HAIIRO DE ROSSIが狂い咲きと虚無の日々を経て、覚悟のセルフ・タイトルで届けた新作を語る

HAIIRO DE ROSSIが狂い咲きと虚無の日々を経て、覚悟のセルフ・タイトルで届けた新作を語る

狂い咲きと虚無の日々を経て、彼は自分を取り戻した。覚悟のセルフ・タイトルで届けたジャジーなニュー・アルバムは穏やかな揺るぎなさで満たされている!

ジタバタしてたのは俺だった

 昨年は久しぶりに本来の表記に戻って6作目『Rappelle-toi』を発表したHAIIRO DE ROSSI。2014年の『KING OF CONS­C­IOUS』に始まり、灰色デ・ロッシ名義による『空 ~kara~』(15年)と『絶 ~zetsu~』(16年)、そしてベスト盤『Best Album "青の時代終焉編"』(17年)に『Rappelle-toi』……と、休養明けもほぼ年1枚ペースで重ねてきたリリースだけをとってみれば、その活動は順調に見える。しかし、近作にも影を落とすように、彼は一人もがいていた。HAIIROが口を開く。

 「鬱になってそこから復帰して、躁状態のまんま走っちゃったのが別名義が終わるぐらいまでで。それが終わってシラフに戻った時の虚無感とか恥ずかしさみたいなのに気付いたのが2017年ぐらいで、そこからホントの意味でストラグルみたいな、自分を取り戻す作業をしばらくしてたんですよ」。

 HAIIROにとっては、先のベスト盤リリースもまさしく自身の足元を見つめ直す作業に他ならなかったわけだが、そうした作業のかたわらで、彼はようやくトンネルを抜け出すことになる。〈歌うたいの鬱屈とした空を晴らすものは/穴が開くほど聴いたレコードだったり〉(“Young Gould”)――その糸口となったのは、彼がラップを志すきっかけとなった作品の数々だった。

 「右往左往して、〈日本のヒップホップ〉に寄ってみたり、文学に寄ってみたり、いろんなところに動いてみたけど、俺が聴いて初めてラッパーになろうって思った音楽って、例えばコモンの『Like Water For Chocolate』(00年)にしても、ア・トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』(91年)にしても、いま俺がリビングでCDかけてもその当時と同じように鳴るんですよ。俺は音楽を追いかけてるつもりだったけど、ジタバタしてたのは俺だったんだって気付いて。音楽は同じ姿でそこにいてくれたんだって気付いた時にすごく救われたんです」。

 今回リリースのアルバムも、そんな新たな気持ちで彼が生み出したもの。「決定打を出さないとキャリアが終わる」という覚悟を込めてアルバムにはセルフ・タイトル『HAIIRO DE ROSSI』が付されたが、覚悟とは裏腹にというべきか、曇りない心で向かった本作の物腰、目線はかつてないほどに穏やかで優しい。それはまた、先述のコモンのアルバムに倣った女性中心の客演と共にジャジーなテイストも随所にあしらった温かな音楽性も然り。結果、本作は〈いままででいちばん好き〉と彼の認める〈揺るぎない〉アルバムとなった。

 「そんなにテキパキした人間じゃないのに、いままでは意気がってた。でもホントの自分は今回の作風みたいな人間なんです。みんな〈自分の音楽ってなんだろう〉 って探すじゃないですか。こうなるんだって思った瞬間に行きたい方向がわかってるのに、みんな探し出してそこから離れてっちゃうんですよ。でも、今回はとにかくラッパーになろうと思った時の音楽に誠実であることを意識して、とにかくジタバタしなかった」。

TOWER DOORS