ウィーン・フィル・デビューを果たした映画音楽のジェダイ・マスターと、そのフォースを伝えるジェダイ・ナイト(騎士)たちのサーガ
1977年。衝撃的だったサントラ盤「スター・ウォーズ/新たなる希望」の登場
昔々、はるか彼方の20世紀。映画音楽は――たとえそれがシンフォニックな語法で書かれていたとしても、あるいは物語に登場するキャラクターをオペラ風のライトモティーフで表現していたとしても――クラシックの純音楽より格が低いものと見なされていた。それどころから、格式あるクラシックの〈銀河帝国〉は、映画との関わりに嫌悪感さえ示していた。1968年、スタンリー・キューブリック監督が「2001年宇宙の旅」でカラヤン指揮ウィーン・フィルの録音を使用した時、音源元のデッカ・レーベルが〈映画に使われたことが一般大衆に知れたら、演奏が安っぽくなってしまう〉とクレジット表記を拒絶したのは有名な話だ。
68年の時点でさえそんな状態だったのだから、それからわずか9年後の77年、映画音楽の〈ジェダイ・マスター〉ことジョン・ウィリアムズがロンドン響を指揮して録音した「スター・ウォーズ/新たなる希望」サントラ盤(しかも2枚組LP!)の登場がどれほど衝撃的だったか、当時を知らないリスナーには想像がつかないかもしれない。
「スター・ウォーズ」全米公開から41年目の2018年の3月、LSOパーカッション・アンサンブルとして来日したロンドン響(LSO)の打楽器奏者たちに、サントラ録音で共演した時のウィリアムズの印象を聴いてみた(その年の秋にウィリアムズとLSOの13年ぶりの共演が予定されていたが、ウィリアムズの体調不良で代役の指揮者が振った)。すると、メンバーのひとりであるデイヴィッド・ジャクソン(LSO評議員も務めている)がこう言った。
「6歳の時に『スター・ウォーズ』を初めて見て、ウィリアムズが指揮したLSOのサントラ盤LPを買ったんだ。マーラーのLPを買うずっと以前にね。そして、いつかはLSOに入って演奏したいと思った。その夢が叶って嬉しいよ」
これは、彼のような〈ジェダイ・ナイト〉だけに限った話ではない。14歳で「スター・ウォーズ」を初めて見た時からウィリアムズの熱心なファンとなり、ウィリアムズが手掛けた映画音楽で弦楽器のソロが出てくるたびに自分でも演奏したいと願い続けていたという、アンネ=ゾフィー・ムターのような〈隠れジェダイ〉も存在する。もっとも彼女の場合は、前夫アンドレ・プレヴィンがウィリアムズと旧知の仲だったというコネクションをフルに活かし、ヴァイオリンのための新編曲を集めたアルバム『アクロス・ザ・スターズ』をウィリアムズ自身の指揮で録音してしまったのだから、むしろ筋金入りの〈ジェダイ・ナイト〉と言うべきだろう。
器楽奏者だけではなく、グスターボ・ドゥダメルのように、ウィリアムズの演奏を指揮活動の目標のひとつに掲げる指揮者も登場し始めた。しかも彼は、単なる〈映画音楽名曲集〉を指揮するのではなく、ウィリアムズの膨大なフィルモグラフィーからある特定のテーマに沿った作品を選曲・演奏することで、何らかのメッセージを聴衆に伝えることに成功した、おそらく史上最初の指揮者でもある。
2014年に彼がロス・フィルを指揮したガラ・コンサートで“「シンドラーのリスト」の3つの小品”(ソロはサントラと同じイツァーク・パールマン)と“「アミスタッド」~アフリカよ、涙を拭いて”を演奏したのは、スピルバーグが描いた〈抑圧された民族の声〉をウィリアムズの音楽が代弁していたからだ。5年後の2019年、日本でもNHKホールの実演がテレビ放映された「ジョン・ウィリアムズ・セレブレーション」では、ドゥダメルはさらに意欲的なプログラムを組んだ。つまり、「E.T.」や「フック」や「スーパーマン」など、人間の自由を象徴する〈フライング・テーマ〉の名曲をプログラムの中心に据えながら、その合間にナチスの脅威を描いた“「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」~オートバイとオーケストラのスケルツォ”や巨大破壊兵器による虐殺シーンを描いた“「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」~アダージョ”などを周到に配置することで、〈圧政と自由〉というテーマをそれとなく表現してみせたのである。ちょうど、ショスタコーヴィチか何かの音楽を指揮するかのように。そのプログラムに、ドゥダメルの置かれた政治的状況が鋭く反映されていると気が付いた人間は、いったい何人いただろうか?
僕はNHKホールでの終演後、ドゥダメルの楽屋に押しかけ、本人に直接訊ねてみた。
「あなた、今日のプログラムは意識的に〈フライング・テーマ〉で組んだでしょう?」
「Yes!」
「それで、その音楽が、すべてを語っていると」
「That’s right!」
このように幼少時からウィリアムズの音楽を聴き、その〈フォース〉を世に伝えることが自分の使命だと信じる〈ジェダイ・ナイト〉たちが、近年のクラシック界を担っているのが現実なのである。
よく〈「スター・ウォーズ」以後、一流の交響楽団が映画音楽の演奏に積極的に関わることになった〉と紹介されることがあるけれど、厳密に言えばそれは正しくない。ウィリアムズの音楽に限って見てみると、既存の交響楽団が彼の作品を演奏したのは、ヘンリー・マンシーニが「大地震」「タワーリング・インフェルノ」「ジョーズ」の3本のスコアを“パニック映画組曲”として編曲し、76年にLSOを指揮してロイヤル・アルバート・ホールでそれを演奏したのが、おそらく最初の例である(アルバム『Henry Mancini Conducts The London Symphony Orchestra – In A Concert Of Film Music』に収録されたその編曲で、マンシーニはグラミー賞器楽編曲部門候補となった)。下積み時代のウィリアムズは、マンシーニの下でピアノを弾いていた経験があるから、マンシーニはまさに彼の〈ジェダイ・マスター〉にあたる存在である。当然のことながら、ウィリアムズ自身はこの録音を大いに喜び、それが「スター・ウォーズ」サントラ録音でのLSO起用を後押しする要因のひとつとなった。
ロス・フィルで指揮者デビュー、そしてボストン・ポップス音楽監督へ
77年、当時公開されたばかりの「スター・ウォーズ」に感銘を受けたロス・フィル総監督アーネスト・フライシュマンが「スター・ウォーズ」をテーマにした演奏会を企画すると、ウィリアムズがロス・フィルのために書き下ろした“スター・ウォーズ組曲”を当時の音楽監督ズービン・メータがハリウッド・ボウルで指揮し、大変な成功を収めた(デッカ・レーベルもこの時は「2001年~」の失敗を繰り返すまいと、すかさず録音をリリースした)。翌78年も同様の演奏会が企画されたが、メータがすでに音楽監督を退任していたので、フライシュマンはウィリアムズ本人を指揮者として招聘。それまでスタジオでのサントラ録音しか常設交響楽団を指揮したことがなかったウィリアムズは、ロス・フィルでの指揮者デビューを大成功させ、それが80年のボストン・ポップス音楽監督就任に繋がった。
93年まで彼が同団音楽監督を務めていた13年間は、ちょうど「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」から「ジュラシック・パーク」までのスコアを手掛けていた〈傑作の森〉の時期でもある。この間、ウィリアムズはそれらを演奏会用組曲として譜面化し、ボストン・ポップスで世界初演することで、彼の音楽の〈フォース〉を広めていった。もし、そうした〈フォースの経典〉がなかったら、今頃は世界中のオーケストラが“銀河帝国”の操る〈ダークサイド〉に支配されたままだっただろう。
最後にひとつ、思い出話を。
僕がタワーレコード渋谷店でクラシック・バイヤーをしていた97年、ウィリアムズがLSOを指揮して“スター・ウォーズのテーマ”を録音したアルバム『ハリウッド・サウンド』をリリースした。それをフロアで流して、いい気分に浸っていると、アメリカ人の男性客が――当然のことながら英語で――話しかけてきた。
「なぜ、クラシック・フロアでこれを流すのか?」
「クラシック・レーベルが出しているCDですし、クラシックの一流オーケストラが演奏している。曲もシンフォニックな語法で書かれていますし、何が悪いのですか?」
そのお客は、納得がいかないという表情をして、その場を立ち去っていった。
それから20年以上が経過した今年、ウィリアムズがクラシックの〈銀河帝国〉の頂点に君臨する〈皇帝〉ことウィーン・フィルを指揮した歴史的記録『ライヴ・イン・ウィーン』のリリースを、果たして彼はどのように受け止めているだろうか?
ジョン・ウィリアムズ(John Williams)
1932年2月8日ニューヨーク州生まれ。アカデミー賞受賞5回、グラミー賞受賞25回、ゴールデン・グローブ賞受賞4回など、数多の受賞歴に輝く〈オールド・スクール〉と呼ばれるハリウッド映画音楽のレジェンドにして、コープランドやバーンスタインらのアメリカ音楽の伝統に連なる作曲家・指揮者・ピアニスト。1978年にロサンゼルス・フィルを指揮してコンサート指揮者デビュー。これまでにボストン響、ニューヨーク・フィル、シカゴ響をはじめとする全米主要オケのほぼすべてとロンドン響を指揮。
寄稿者プロフィール
前島秀国(Hidekuni Maejima)
『ジョン・ウィリアムズ ライヴ・イン・ウィーン』(2020年8月14日発売)国内盤解説執筆と、デラックス盤特典Blu-ray本編映像&インタヴュー映像(ジョン・ウィリアムズとアンネ=ゾフィー・ムターの対談)日本語字幕を監修。最近のCD解説執筆に久石譲『Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”』(日本語・英語とも。2020年8月19日発売)、マックス・リヒター『ヴォイシズ』(2020年9月12日発売)など。その他の活動は各種SNSにて。