『ハリー・ポッター』世代のピアノ・デュオが繰り広げる、ジョン・ウィリアムズの世界

 〈176〉と言っても、渋谷に新しく出来る若者向けファッション・ビルではない。176=88×2、と東大脳トレみたいだけれど〈88の鍵盤数を持つピアノ2台〉を意味する数字で、〈アン・セット・シス〉とフランス語読みにする。いま業界注目のふたりの若手ピアニスト、山中惇史と高橋優介による気鋭のピアノ・デュオである。
出会いは偶然だった。

山中惇史(以下 山 中 ) 高橋君は東京音楽コンクールのピアノ部門で優勝するなど、その名前は以前から知っていて、彼と共演したアーティストと僕が共演した時にも彼の名前が出ていたので、気になっていたピアニストだったのですね。

高橋優介(以下 高 橋 ) 山中さんはいま若手で最も活躍しているピアニストというイメージがあって、もちろん僕も名前は存じ上げていたのですが、実際にお会いしたことはなかった。でも、2018年の『せんくら(仙台クラシックフェスティバル)』で偶然、楽屋が隣同士となり、あ、はじめましてとご挨拶したのが本当の始まりでした。

 山 中  すぐに意気投合して、なにかふたりで出来ないかなと考え始めたのが〈アン・セット・シス〉結成のきっかけです。

 山中、高橋ともに、ピアニストでありながら、作・編曲も手がけるマルチなタレントであり、これまでにないピアノ・デュオの可能性を追求し始める。その最初の結果が、オーケストラの世界では有名なレスピーギ作曲の「ローマ三部作」のピアノ2台版の世界初編曲で、2020年3月には紀尾井ホールでふたりによるお披露目コンサートも開催された。楽譜も出版(カワイ出版)された。そして、今回、映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズの傑作を2台ピアノで表現したアルバム『ジョン・ウィリアムズ ピアノ・コレクション』がリリースされる。

アン・セット・シス 『ジョン・ウィリアムズ ピアノ・コレクション』 avex-CLASSICS(2021)

 山 中   録音に至るそもそもの話はだいぶ遡るのですが、まずは僕のソロのアルバムとして企画していたものでした。ただ、ピアノ1台でジョン・ウィリアムズのスケールの大きな世界を表現するのは難しいと感じていた時期に、高橋君との出会いがあり、デュオを結成して演奏することになったので、それならば、ジョン・ウィリアムズの世界をピアノ2台で表現出来るようにと編曲にトライしました。

 ふたりによるアルバムはまず「ハリー・ポッター」シリーズから始まる。そして「スター・ウォーズ」シリーズ、さらには「シンドラーのリスト」「アメリカン・コレクション」「ジュラシック・パーク」「フック」とジョン・ウィリアムズならば、これ、と言う代表作が並ぶ。

 山 中  子供時代に『ハリー・ポッター』シリーズに熱中していました。劇場に通うだけでなく、原作も全部読んだし、グッズも買いそろえていました。当然、あの魔法の世界を支えているジョン・ウィリアムズの音楽も大好きだったので、いつかピアノで弾きたいなという気持ちがありました。

 高 橋  僕も『ハリー・ポッター』シリーズの大ファンでした。『ホーム・アローン』(クリス・コロンバス監督作品)シリーズも好きで、何度も観ていたのですが、それもジョン・ウィリアムズが音楽を担当していました。子供の時から、ずっと彼の音楽に魅かれていたということですね。

 おふたりの話を聞きながら、最初が「スター・ウォーズ」シリーズではないという点に、やはり新しい世代なのだ、という感を強くした。私事ながら、前期高齢者である筆者が彼とは知らずにジョン・ウィリアムズの音楽に触れたのはテレビ・シリーズの「タイム・トンネル」が最初であったし、彼の音楽を最初に意識したのは「続・激突!/カー・ジャック(英題Sugarland Express)」(74年)だったし、隔世の感とはこのことである。

 山 中  実は『スター・ウォーズ』シリーズは劇場では観たことがなかったのですが、その音楽、例えば『アナキンのテーマ』など有名なものは知っていました。もちろんジョン・ウィリアムズのアルバムを作るとなれば、それも入れなくてはならないと思っていましたが、『メイン・タイトル』の音楽もぜひ、とお願いされ(笑)、このようなラインナップになりました。

 高 橋  ジョン・ウィリアムズの音楽は、やはりメロディの美しさという点に大きな魅力があると思っているのですが、それが最もよく表現されているのは『ハリー・ポッター』シリーズではないかと思います。ジョンが映画全編の音楽を担当したのは第3作までですが、その中に、本当にたくさんの魅力が詰まっていますよね。

 このアルバム、単にジョン・ウィリアムズの壮大かつ繊細なオーケストレーションの世界をピアノ2台で表現した、というだけでなはなくて、様々な〈仕掛け〉が施されている。“Opening”“Intermission”といったオリジナル楽曲がジョンの世界を繋ぐ役割を果たし、最後には“Song for John”(ピアノ・ソロ)という山中作曲の小品が、まるでエンド・クレジットのようにアルバムを締めくくる。

 山 中  それは、このアルバムを、ひとつの物語、あるいは映画のように楽しんでもらえたら良いなという気持ちから作ったものです。映画と映画の間に、ちょっと気分を替えてもらう、そんな役割ですが、そうしたところも楽しんで頂けたら嬉しいです。

 そして、アルバムを注意深く聴けば、より一層、ピアノ・デュオの魅力、編曲の魅力を知ることが出来る仕掛けもある。

 山 中  ピアノ2台で演奏する利点として、大きなポイントはテンポ感だと思いました。例えば『フック』の“ネバーランドへの飛行”ですが、100人近い人間が演奏に関わるオーケストラの場合、どうしてもテンポ感がまったりしてしまうと思うのです。しかし、ピアノ2台で演奏すると、この音楽本来が持っている飛翔感とかスピード感がちゃんと表現できる。だからこそ、ピアノ2台用に編曲して演奏する意味があると思います。

 それ以外にも、ピアノ2台用の編曲だから出来る様々な音の仕掛けがあるのだそうだが、筆者の耳には聴き分けられなかった。

 山 中  でも、角野隼斗君に聞いてもらったら、ちゃんとその部分は理解してくれました(笑)。ピアノを弾き込んでいる人なら、きっと気が付いてくれるはず。ぜひ、その秘密に迫って欲しいです。

 この10月15日には浜離宮朝日ホールでアン・セット・シス〈プレイズ・ジョン・ウィリアムズ〉のコンサートも予定されている。新世代ピアニストによるジョン・ウィリアムズの世界、2台のピアノが繰り広げる冒険の旅を経験してみよう。

 


山中惇史 (Atsushi Yamanaka)
東京藝術大学音楽学部作曲科・ピアノ科の両科を卒業。同大学音楽研究科修士課程作曲専攻修了。第26回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門第1位。作曲家としては器楽、室内楽、合唱など多数が出版されている。ピアニストとしては2018年にリサイタルデビュー、また共演者として信頼も厚く国内外の著名なアーティストから指名を受け共演を重ねている。参加した各CDはレコード芸術誌にて特選盤、準特選盤に選出され、メディアにも多数出演。2019年にはソロアルバム「旅と憧れ」をリリース。2020年にピアニスト・作曲家の高橋優介とのピアノデュオ『176』( アン・セット・シス) を結成。自らの編曲によりオーケストラ作品の演奏に挑み、第1弾として『レスピーギ/ ローマ三部作』をメインに演奏会を開催、同時にカワイ出版より楽譜出版、ライブレコーディングもされた。Twitter → @ginyamagin

 


高橋優介 (Yusuke Takahashi)
ピアノ、作曲・編曲。上野学園大学音楽学部ピアノ科を卒業。ピアノを齋藤由里子、横山真子、宮本玲奈、横山幸雄、久保春代、川田健太郎、草冬香各氏に師事。第10回東京音楽コンクールピアノ部門第1位及び聴衆賞受賞。NPO法人芸術・文化 若い芽を育てる会第5回奨学生。これまでに、飯森範親、梅田俊明、円光寺雅彦、大友直人、下野竜也、高関健、山下一史、前橋汀子、矢部達哉、今井信子、波多野睦美、上野耕平、彦坂眞一郎の各氏と共演。在学中から作曲を高畠亜生、田中範康各氏に師事。ヴィオリストの今井信子氏が毎年冬に開催していた小樽ヴィオラマスタークラスで3年間アシスタントピアニストを担当。ソロだけでなく、室内楽においても意欲的に活動している。

 


LIVE INFORMATION

SEVEN STAR ARTISTS シリーズ
176  アン・セット・シス《プレイズ・ジョン・ウィリアムズ》

〇2021年10月15日(金)18:30 開場/19:00 開演
【会場】東京・浜離宮朝日ホール

〇2022年2月6日(日)14:00 開演
【会場】あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
【出演】176 〈アン・セット・シス〉(山中惇史・高橋優介)
【曲目】山中惇史 / Opening&Intermissions
・映画「スターウォーズ」より“メインテーマ”“アナキンのテーマ”“ルークとレイア”
・映画「ハリーポッター」シリーズより“ヘドウィグのテーマ”“不死鳥フォークス”“ダイアゴン横丁”“過去への橋”“ハリーの不思議な世界”
・山中惇史 / Song for John
・映画「フック」より“ネバーランドへの飛行”
・映画「ジュラシックパーク」より“エンドクレジット”
・映画「シンドラーのリスト」より“テーマ”
・”アメリカンコレクションのテーマ”ほか
※やむを得ない事情により、曲目が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
www.columbiaclassics.jp/artist/atsushi-yamanaka