ジム・オルーク、青葉市子、UA、七尾旅人など様々なアーティストと共演。ジャズ、ロック、アヴァンギャルドなどジャンルを超えて活躍するドラマー、山本達久が2枚同時にソロ・アルバムを発表した。『ashiato(足跡)』は日本の電子音楽レーベル、NEWHERE MUSIC。『ashioto(足音)』はオーストラリアのアーティスト、オーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi)が主宰する実験音楽レーベル、ブラック・トラッフル(Black Truffle)からのリリースだ。

この2枚は〈ひとつの脚本をもとにして、違った演出で複数の作品を作ったらどうなるか〉という好奇心から生まれたもの。それぞれ、“part 1”“part 2”という2曲の長尺の楽曲が収録されている。山本はドラムをはじめ、シンセ、ピアノ、エレクトロニクスなど様々なパートを担当し、ジム・オルークのバンドで一緒に活動してきた石橋英子と須藤俊明が参加。

テクニカルな演奏をたっぷり聴かせる、そんな従来のプレイヤーのソロ・アルバムのイメージを覆して、山本は緻密に作り上げた音響でリスナーを異世界へと誘うエクスペリメンタルな作品を生み出した。ドラマーという枠を超えて、音楽家として新しい領域を切り開いた異色の新作について山本に話を訊いた。


 

ひとつの物語でふたつの映画を撮るように

――今回、『ashiato』と『ashioto』という2枚のアルバムが同時にリリースされます。この2枚はどういう関係なのでしょうか。

「今回の新作は、ひとつの物語をもとにして、ひとりの監督が違う演出で2本の映画を作ったらどうなるんだろう、という興味から始まったんです。音楽でひとつの曲をリミックスしたり、別のヴァージョンを作ったりすることはあるけど、そういうことはせずに、あらかじめ同じ作品だけど、出来上がったものは複数の作品、という風に作ってみたかったんですよね」

――まず、明確なコンセプトがあったんですね。

「それがいちばん重要でした。4年くらい前に作り始めたんですけど、その頃、演劇の仕事をずっとやっていて。

演劇って場合によっては50人以上の人間が関わるから、いろんな表現方法を試してみようと思っても経済的にもほぼ不可能に近い。例えば同じ演目をふた通りの演出で稽古して、それを同時に違う会場で上演する、なんてことは簡単にはできない。

でも、音楽だったら演劇や映画に比べて、やりやすいんじゃないかと思ったんです」

――『ashiato』と『ashioto』は同じ物語を共有していて、一卵性双生児というか別人格みたいな関係なんですね。では、どんな風にアルバムを制作していったのでしょうか。

「まず、脚本というか、戯曲みたいなものを書きました。それをもとにストラクチャー・シートを作ったんです」

――ストラクチャー・シートというと?

「作品の構成表ですね。曲の何分後にこういうことが起こる、ということを具体的に書いたグラフみたいなものです。

でも、最初に書いた物語に意味はないんですよ。その物語を音楽に置換して表現したい、ということではなかったから。ストラクチャー・シートをそのままなぞって音をつけても作品として聴けるものにはならない。そこから、どうやって面白い音楽を作るのか、というのが重要でした」

 

歩くリズム=足音を音楽にした『ashiato』

――2作品それぞれの演出プランというか、作品を作っていくうえでのイメージはどのようなものだったのでしょう。

「『ashiato』のほうは色で言うとカラフルなもの。パッと見て(聴いて)、何がどこにあるかわかりやすい表現をしようと思いました。なので、リズム、メロディー、ハーモニーが随所に出てくる。フィールド・レコーディングにしても、シチュエーションがあからさまにわかるもの。要するにイメージしやすい音ですね」

山本達久 『ashiato』 NEWHERE MUSIC(2020)

――確かにそうですね。『ashiato』を最初に聴いた時、映像的なサウンドだと思いました。水音や足音、機械音とか、フィールド・レコーディングされた音の使い方がとても印象的で、なかでも足音の存在感が強烈です。

「今回、足音はいろんな形で録音して入れたいと思っていました」

――足音はアルバムのタイトルにも使われていますが、なぜ足音に興味を持ったのでしょうか。

「10年くらい前に、ドラマーの外山(明)さんから〈(山本の)歩いている時のリズムが独特だから、それ絶対、気に留めといたほうがいい〉って言われたんです。人はスタスタ歩くじゃないですか。僕は〈ズッチャッズッチャッ〉って歩くんです。外山さんいわく、人はそれぞれ固有のリズムで歩いているそうなんですけど、僕はあからさまに人と違うので」

――人によって歩くリズムが違う、ドラマーらしい感覚で面白ですね。

「僕は足が悪くて杖をついているからなおさら独特なんです。それで今回、足音を録るために最大で同時に5種類のマイクを使いました」

――5種類も! どんな風にレコーディングしたんですか?

「いろんなシチュエーションで録りましたね。レンガ張りの道を歩いている足音も入っているし、よく使っている小淵沢のスタジオの階段を上る時の音とか、ピアノの下にマイクを置いてみたり。いろんな距離に、いろんなマイクを置いて録ってみたんです。

音が出ているのは足なんですけど、音を拾っているのはマイクなので、複数のマイクで録ってそれを切り替えると距離感が微妙に変わる。でも、聴いている側は同じ音を聴いているので切り替わったことがわからないんです。無意識に違和感を感じてはいるんですけど」