ナチュラルに普通じゃない音楽家、田中一志
――杏さんから〈ミクスチャー〉という言葉も出ましたが、確かに田中さんの音楽はいろんなジャンルの要素を含んでいますよね。ビート・ミュージック、現代音楽、ポップス、ワールド・ミュージック、ダブ……田中さんのルーツはどんなところにあるのでしょうか?
Shizuka「何なんでしょう……単純に言えば、ひとつのジャンルにはこだわらないとか、すでにあるものと同じじゃないほうがいいとか、そういうことがすべてで、それをやるためにいろんな音楽を自分のなかにインプットして、それを場面に応じて引っ張り出してきて作ってるっていうのが今のやり方ですかね。
弦に関して言えば、クロノス・カルテットとか、現代音楽の弦がものすごく好きで、でもユウちゃんとやるのであればロックとかパンクの発想も欲しい。ただ、根本的にはエレクトロニックが好きなので、YAYYAYもバンドとはいえ、ドラムやベースがいるわけではないし、自然にエレクトロニックな音楽からの影響も出てると思います」
――エレクトロニック・ミュージックのルーツという意味では、誰の存在が大きいと言えますか?
Shizuka「自分が20代から30代の頭くらいにシンセ・メーカーさんのデモンストレーションやデータ制作をしていた頃があって、そのおかげで早い時期にシンセやコンピューターに触れることができていたんです。その当時の主流は当然のようにYMO、クラフトワークといったところなんですが、当時ははそれほどハマってはいなくて。
僕、実はスティーヴィー・ワンダー命で、彼の音楽に伝統的なソウル・ミュージックと新しいシンセサイザーが見事に融和されていることに衝撃を受けていました。自分の中にあるディープな部分のエレクトロニック要素は、レディオヘッドの『OK Computer』(97年)あたりから、ビョーク、マッシヴ・アタック、フォー・テットなどを中心にトリップ・ホップやヒップホップを熱心に聴くようになってからのものだと思います」
――ユウさんから見た田中さんの音楽の魅力を教えてください。
ユウ「私は普段は必要最低限の音で、シンプルな編成でやってるんですけど、それとは真逆の、すごく複雑で、緻密に構築された音楽だなって。そのうえで、いわゆるクラシックのイメージとは全く違う、デモの時点で〈こんなことが弦で表現できるんだ〉というものが作られていて、それをそのままちゃんと弾けちゃう2人にもびっくり。だから、普段の私の作り方とは全然違うんですけど、共通してると思うのは毒があるところというか、ただのきれいな音楽ではない、毒々しさがあるところかなって」
Shizuka「毒は大好きです(笑)。きれいな音楽も全然好きで、アンビエントとかも大好きですけど、そこに別の要素を加えて違うところに持って行きたいと思ったときに、自分の中に浮かぶのが毒っぽい要素というか。なので、根本的に僕の体のなかにあるんでしょうね」
――杏さんと順平さんは田中さんの弦のアレンジの魅力をどう感じていますか?
須原「一志さんの譜面は斬新なんですけど、〈面白いことを書いてやろう〉みたいなのとも違うんですよね。技術的に難しくもあり、いつも考えさせられる譜面なんですけど、でも聴いてみると曲にちゃんと馴染んでいて、そこが不思議だし、面白いなって。〈尖ってやろう〉みたいな感じでもなく、一周回って〈笑いながらこれをやってて、逆に怖い〉みたいな(笑)、ホントに内側から出てるものなんだろうなって」
――ナチュラルに普通じゃないと(笑)。
須原「弦はバンドありきでそのうわものとして、感情の動きに合わせて入れるっていうのが多いですけど、一志さんはそうじゃなくて、トラックのなかのひとつのギミックとして、スパイスとして弦を入れたりしてて。今回のアルバムの曲でも、ずっと同じループを続けたり、ピチカートとかも、〈ホントに一曲それだけやらせる〉みたいな使い方だったり。そういう異常さはありますね(笑)」
林田「すごいメロディーメイカーでもあって、フレーズをずっと繰り返すから、それが耳に残るんですよね。杏ちゃんも言ってたように、うわものとして曲を豪華にするんじゃなくて、レゲエとかヒップホップでパンチのある印象的なフレーズが繰り返されるのと一緒というか、トラックとして使ってる。なので、弾く方としては修行みたいなところもあるんですけど、同じフレーズでもそれをどう弾くかはこっち次第っていうか」
Shizuka「いわゆるJ-Pop的な、サビに向かって駆け上がって、広がって、みたいな弦って自分のなかにはほとんどないんです。それよりも、ホントはやっちゃいけないようなことをやってるというか、せっかくのきれいな弦をかなり汚してしまったり、あえてノイズを強調したり、弦もひとつのサンプルとして使っていて。でもそれを生でひたすら演奏することによって、サンプルと違って毎回表情が変わるから、そこがより面白いんですよね」
――ループ・ミュージックと生演奏の弦の組み合わせ。そこが肝になっていると。
Shizuka「ただ、やっぱり歌ものなので、自分はわりとアクの強いフレーズを入れたがるんですけど、歌の力が強くないと、余計なものになっちゃうんですよね。そこはユウちゃんの歌の存在感があるからこそやれることだと思います」