常に北海道を拠点とし、20年以上に及ぶ活動歴を誇るsleepy.abが、実に7年ぶりとなる新作『fractal』を完成させた。札幌のChameleon Labelから発表した2002年のデビュー・アルバム『face the music』以降、これまでに7枚のオリジナル・アルバムを発表し、UKロック、ダブ、クラシックからみんなのうたに至るさまざまな要素を含んだ音楽性の高さと、冷たくも温かな独自の空気感が高い評価を獲得。メジャーからも2枚のアルバムを発表するなど、芸術性と大衆性を併せ持った稀有なバンドがいよいよ再始動を果たす。
ひさびさにChameleon Labelとタッグを組み、レーベル主宰のShizuka Kanataをプロデューサーに迎えた『fractal』には全15曲を収録。sleepy.abらしさはそのままに、プログラミングの割合が増え、サウンド・デザインは確実にアップデートされている。もともと彼らには〈眠るための音楽〉というコンセプトがあり、アンビエント~ニューエイジ的な側面を持っていたが、それは〈ジェイムス・ブレイク以降〉の音像が広まり、ローファイ・ヒップホップが局地的に人気を獲得したいまこそ、再評価されるべきものであるように思う。
『fractal』のリリースを記念して、sleepy.abの成山剛とBBHF/warbearの尾崎雄貴による対談を実施した。Galileo Galilei時代から、メジャー・デビュー後のわずかな一時期を除いて北海道を拠点に活動を続けてきた尾崎にとって、成山は単なる地元の先輩というだけでなく、〈アーティスト〉としての憧れだったという。札幌に作られた尾崎の新たな拠点〈新わんわんスタジオ〉と筆者のいる東京とをSkypeで繋ぎ、それぞれの想いを語り合ってもらった。
sleepy.abを聴いたとき、レディオヘッドくらいすごいと思った
――おふたりが対談するの初めてだそうで、結構意外でした。
成山剛(sleepy.ab)「初めてですね。バンドで対バンしたことも2回くらいしかなくて、それもすごく昔に、〈RUSH BALL〉(2010年5月の〈RUSH BALL☆R〉)と、北海道のチャリティー・イヴェントで一緒になったくらい」
――尾崎くんにとって、sleepy.abというバンドはどんな存在だと言えますか?
尾崎雄貴(BBHF)「僕は出身が稚内なんですけど、高校生のときにメジャー・デビューして(2010年)、札幌でライブをするようになった頃に、sleepy.abの存在を知ったんです。僕らは邦楽の後に洋楽を好きになって、ちょうどレディオヘッドとか、北欧の音楽を聴き漁ってた時期にsleepy.abのことを知ったので、〈北海道にも海外と同じクォリティーを持ったバンドがいるんだ、すごい!〉って、騒ぎまくった記憶があります(笑)。会ってお話しする機会はほぼなかったんですけど、インタビューで〈北海道の好きなバンドは?〉と訊かれると、〈sleepy.abが好きです〉って答えてました」
成山「俺は根室出身だから、稚内出身っていうのはちょっと似てるというか※、シンパシーは感じてて。あと、音楽雑誌の記事のなかで僕らとミューの名前を挙げてくれてたから〈そうなんだ!〉と思って、さっき言った〈RUSH BALL〉のときに話しかけたんですけど、〈どうも〉くらいな感じでスルーされちゃって(笑)。でも、その後に山内(憲介/ギター)がGalileo Galileiのレコーディングに参加してるよね」
尾崎「僕らのギターが抜けちゃったタイミングで、山内さんに参加してもらいました(2013年発表のシングル『サークルゲーム』に収録されている“Jonathan”に山内が参加)」
成山「で、そこからだいぶ経って、一昨年の秋くらいにソロ同士でツーマンをやって」
――2018年はちょうどBBHFが始まった年ですが、お互いの活動について話したりしたんですか?
尾崎「いや、そういう話はあんまりしてないです。僕にとって成山さんは、音楽に夢中になりはじめたときに憧れてたバンドの方なので…さっきの〈RUSH BALL〉で話しかけてくれたときも、僕は怖かったんだと思います(笑)。僕にとって成山さんは〈アーティスト〉で、すごい音楽をやってる人は、ちょっと怖いイメージがあって、僕の方から急に仲良くするような対象ではなかったというか。個人的な性格の問題でもあるんですけど」
――尾崎くんから見たsleepy.abの〈すごさ〉とは?
尾崎「声がいいのはもちろんなんですけど、バンド・アンサンブルだったり、音作りだったり、トータルで衝撃を受けるバンドって、日本にはなかなかいなかったんです。〈歌がいい〉とか〈ギターがいい〉だけじゃなくて、sleepy.abっていうバンド全体がすごかった。それこそ、レディオヘッドとかに対して受ける印象と同じだったというか、尖ったこともやりつつ、バンドとしてしっかりまとまってる。そこに衝撃を受けたんだと思います」
成山「バンドを始めて、歌とか声を褒めてくれる人は多かったんですけど、サウンド面を認めてくれたのはChameleon Labelでしたね。その出会いは大きかったです」
――尾崎くんが感じた〈アーティスト〉としての姿勢は、Chameleon Labelとともに歩むことで形成されたもの?
成山「むしろ、助長させてくれたというか(笑)、〈尖らせてくれた〉みたいなところはあるかもしれない。Chameleon Labelを運営している人たちは、一志さん(田中一志、アーティスト名はShizuka Kanata)も下川さん(下川佳代、アーティスト名はtuLaLa)もアーティストなので、ただプロデューサーやアレンジャーとして関わってもらうだけじゃなく、アーティスト同士として刺激し合えたので、そこは大きかったのかなって」
――新作『fractal』は実に7年ぶりのフル・アルバムとなるわけですが、この7年はバンドにとってどんな時間だったのでしょうか?
成山「わりとずっと作ってはいたんですけど、メンバーが生活の拠点を函館に移したり、バンド単位で動くことがなかなかできなくて、制作がストップしちゃう期間があったんです。その間にソロ活動をしたりして」
――2016年に成山さんがソロ・アルバム『novelette』を出していて、当時の取材では、〈この後に山内さんのソロが出て、その後にsleepy.abのアルバム〉とおっしゃっていましたが、結局山内さんのソロは出ずで……。
成山「言ってましたね(笑)。(山内は)いまも作ってると思います」
――アルバム制作に本腰が入ったのはどれくらいのタイミングだったんですか?
成山「去年の6月に『CACTUS/アルファ』をシングルで出したんですけど、それは一昨年の冬にレコーディングをしたんです。“CACTUS”が出来はじめたときに、何となく全体的なテーマみたいなのが見えたので、それまで作ってきた曲をもう一回おさらいして、去年の夏くらいにドーンとレコーディングをしました。テーマ自体はずっと同じというか、ノスタルジックで、SFっぽい、でもなんかポツンとしたような風景が見えて、そこからですね」
――現在のsleepy.abは正式メンバーにドラマーがいなくて、前作『neuron』(2013年)では2人のドラマーが参加していましたけど、今回はプログラミングの割合も増えて、よりサウンドの自由度が増した印象です。メンバーの生活の拠点が変わったという話がありましたが、スタジオに集まる回数が減って、データのやり取りが増えたとか、曲を作る上での変化もあったのでしょうか?
成山「メンバーそれぞれがデモを作るというのは変わってないんですけど、今回レコーディングは去年の8月くらいに(札幌の)芸森スタジオでいっぺんに録って、それ以外は3人全員では一回も集まってないですね。夏のレコーディングは主にリズム録りなので、その後は各々Chameleon Labelのスタジオに行って、1人ずついろんなものを録って、それを一志さんにまとめてもらうという流れです。
それによって、今回山内がひさびさにギタリストっぽくなったなって思います。メジャーでやってたときとかは、山内がプロデュースの側に回ることが多くて、そうなると鍵盤に行きがちで、良くも悪くもまとまっちゃうというか、〈あれ? 山内ってもっとおもしろいギタリストだったよな〉って思うこともあって。でも、今回はギタリストとして、集中して作れたので、そこはすごくよかったなって」
――いま話に出てきた芸森スタジオは尾崎くんも使っていると思いますが、あのスタジオには北海道サウンドの秘密があるのでしょうか?
成山「天井も高いし、壁が札幌軟石という石でできていることもあって、残響音が独特なんです。天井が高くてドラムのエアー感や混ざりがすごく特徴的だし、なかなかない場所ですよね。そこに北海道特有の湿気のなさが加わるから抜けが良くて、絶妙な音が鳴るんだと思います。(内装も)すげえ豪華で、宿泊施設もあるし、坂本龍一さんとかも使ってますね。たまに近くに熊が出たりもするんですけど(笑)」
尾崎「僕らもリズム録りで使うことが多いんですけど、ドラムの音とか、自分たちの小さいスタジオでは出せない音が録れるし、あと雰囲気もすごくいいです。外の世界から遮断されるというか、丘の上にあって、すごく静かで、集中できる。スケジュールが埋まっちゃうの嫌だから、あんまり広めたくないんですけどね(笑)」