30年に渡る華やかな活動を通じて音楽シーンに絶大な影響力を発揮し続けているマライア・キャリー。その功績と軌跡を『The Rarities』と共に辿ってみよう

 Mといえば……マライアである。かの歌姫も規格外の成功を収めたことで逆にその功績が極度に軽んじられてきた印象を受けるが、それはこのマライア・キャリーにしても同じように思える。音楽の世界においても数字=戦闘力が支配的な価値基準になったのはSNSやサブスク以降の世界観におけるごく最近の話であって、かつては売れているもの=大衆に媚びた価値の低いものだと見なす認識も共存していたからだ。そうじゃないとしても、デビューからすぐにブレイクして全世界で2億枚以上ものセールスを上げてきたマライアを語る際、まずヒット規模やチャート成績の話が先に来てしまう側面があったのは否めないだろう。

 とはいえ、マライアが数字じゃない意味での偉大さを備えたアーティストであることは、後進に与えてきた影響の大きさを考えるだけでも明白だ。歌唱力をしばしば比較されるホイットニー・ヒューストンやセリーヌ・ディオンとは違って基本的に自作曲メインの彼女は、トップラインもコーラスも複雑なヴォーカル・アレンジで仕上げる独特のライティングによって〈マライア節〉を紡ぎ出してきた。メリスマを駆使した独自のアクロバティックな歌唱法はマライアの登場によってポップ/R&B界の標準となり、意識せずともそれ以降の世代に計り知れない影響を及ぼし続けているのだ。少女時代に“Vision Of Love”を聴いて唱法を磨いたというビヨンセをはじめ、デビュー時からモロにマライア唱法だったアリアナ・グランデ、さらに影響を公言しているのはリアーナ、ケイティ・ペリー、レディ・ガガ、サム・スミス、ジェシカ・シンプソン……と限りない。若手だとアリ・レノックスやキアナ・レデもそうだし、日本でも宇多田ヒカルやMay J.らの名前が浮かぶ。その傾向はケリー・クラークソンやレオナ・ルイスらオーディション番組発の人だとより顕著になるだろう。そのようにフォロワーの世代が幅広いのは、マライアが30年もトップにいるからこそ、なのだが。

MARIAH CAREY 『The Rarities』 Columbia/ソニー(2020)

 そんな彼女の30周年という節目に届いたアルバムこそ『The Rarities』である。これは各時代の埋もれていた未発表曲やアルバム未収録曲などをコンパイルしたもので、彼女の30年の足取りをグレイテスト・ヒッツじゃない裏道で辿れるような作品ともいえる。同タイミングで出版された彼女自身の回想録「The Meaning Of Mariah Carey」では折々の舞台裏の話も明かされているが、ここでは時系列に沿ってアルバム収録曲を追いながら、彼女の30年を改めて簡単に追いかけてみよう。