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マライア・キャリーの金字塔『Music Box』が30周年!

 純粋な新曲リリースという意味ではややご無沙汰な感じもするものの、マライア・キャリーの歌声が世の中から忘れられてしまうことはもう半永久的になさそうだ。デビュー30周年を記念した『The Rarities』が届いたのは2020年のこと。同年にはクリスマス特番のサントラという形で『Mariah Carey’s Magical Christmas Special』が配信され、その間にはラトーやジャム&ルイスとの共演もあったし、昨年はTikTokをきっかけに過去曲“It’s A Wrap”(2009年)がヒットするというトピックもあった。そして、何と言っても“All I Want For Christmas Is You”が強すぎる。ドラマ主題歌だった日本でも94年当時ミリオン・ヒットに輝いた馴染み深い曲だが、本国USではチャート集計方法の変化もあり、2019年から5年連続で全米No.1を記録しているのだ。ただ、そこに至るまでの背景となる、当時のマライア人気の絶大な後ろ盾となったのが、93年の歴史的なモンスター・ヒット作『Music Box』であることは言うまでもない。そして、そのリリース30周年を祝って昨秋に配信された『Music Box: 30th Anniversary Expanded Edition』が、このたびCD/LP化された。

MARIAH CAREY 『Music Box: 30th Anniversary Expanded Edition』 Columbia/Legac/ソニー(2024)

 

バラード中心の作風へ

 93年8月にリリースされた『Music Box』はマライアにとっての3枚目のアルバムであり、全世界トータルで2,800万枚以上というキャリア最高のセールスを獲得した作品でもある。初作『Mariah Carey』(90年)と2作目『Emotions』(91年)によって、すでに商業的/批評的に成功していた彼女ではあったが、よりリスナー層を広げるべくここで軌道修正を図った。唯一デビュー作から残ってきたプロデューサーのウォルター・アファナシエフとより強固にタッグを組み、バラードを中心にしたコンテンポラリー志向の作風へ舵を切ったのだ。その変化は『Emotions』が商業的に初作を下回ったことを受けて後見人のトミー・モトーラが号令をかけたとされているが、パワフルに突き抜ける歌唱やシャープなビート感といった濃い側面をやんわり後退させ、よりポップな感触やリラックスしたトーンを優先した判断は結果的に功を奏し、本作によって彼女の人気が不動のものとなったのは間違いない。

 そのなかでの新味といえば、初顔合わせのデイヴ“ジャム”ホールを起用したファースト・シングル“Dreamlover”となるだろう。当時メアリーJ・ブライジの起動に貢献し、ヒップホップ畑の新進クリエイターとして脚光を浴びていたホールは、ここでもヒップホップ・ソウルの手法でプロデュースにあたりつつ、ある種のピュアでクリーンなMVからもわかるように、いわゆるストリート色は排除。軽やかな作品イメージとも調和するミッドテンポの明るいトラックを仕立てて、見事に全米1位を獲得している。

 同曲をオープニングに置いたアルバムはアファナシエフとのバラードを中心に進行していくが、もちろん単に角を削ってマイルドになっただけではない。セカンド・シングルに選ばれた“Hero”は、抑制を効かせながらもインスピレーショナルな側面を備えた一曲で、徐々に高まっていく歌の展開に沿ってエモーショナルに突き抜けるポジティヴさが素晴らしく、こちらも連続で全米1位を記録した。他にも“Anytime You Need A Friend”や“Music Box”など、彼と組んだバラードはいずれも世代の壁を越える前向きな普遍性でもって主役の持ち味をまっすぐに引き出している。