今度の宮崎駿は〈まとも〉なんじゃないか?

 宮崎駿の最後の映画だという本作の予告編を見た人の多くはそう思ったのではないか。ここでいう〈まとも〉というのは〈正攻法〉くらいの意味と理解していただきたい。近年の「ハウルの動く城」「崖の上のポニョ」の歪な傑作から「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」のような〈まとも〉なジブリ映画が戻ってきた!と誰もが思ったはずだ。

©2013 二馬力・GNDHDDTK

 それだけではない。たった4分弱の予告編が荒井由実の音楽と相まって泣けてきてしまう始末。震災や戦争の時代を背景に、実在の零戦の設計者堀越二郎の半生と堀辰雄の同名小説をミックスした男女の難病純愛映画なのだろうと誰もが思ったはずだ。

 ……思えばあの時が、拙者が宮崎駿という〈怪物〉を一番舐めていた時なのかもしれない。

 蓋を開ければ、飛行機作りへの夢の前には病気の妻など二の次であり、兵器として多くの人間が死んでいくことを理解しつつ、それでも美しい飛行機を作ることをやめられない男が主人公だった。それはアニメ作りという悪魔に魅せられた宮崎駿自身の姿でもあることは言うまでないだろう。

©2013 二馬力・GNDHDDTK

 物を作り出す人間の罪深き業。宮崎駿が自身の映画を見て初めて泣いたというのもむべなるかなである。主人公の声を担当した庵野秀明というこれまた業深き男の奥方が本作を見て号泣したというエピソードがこの映画の本質を雄弁に物語っているように思う。

 荒井由美の主題歌の一節通りの〈他の人には分からない〉ことを愚直なまでの正直さで描いた〈まともじゃない〉映画。狂気の傑作だ。