コラム

チャーリー・パーカー(Charlie Parker)と植草甚一。鳥のような飛躍の身振りにおいて共通する稀代のファンタジスタたち

生誕100周年盤を終日流しつつ、J・J本を再読していたら、Black Lives Matterの狼煙が想い浮かんだ秋初め。

 コロナ禍で「方丈記」の沼に嵌った発端は、「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」の英題を附した高橋源一郎の現代語訳だった。長明の有名な〈ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。〉を、彼は〈あっ。/歩いているのに、なんだか急に立ち止まって、川を見たくなった。/川が流れている。〉と始め、いきなり読む者を引きずり込む。概して躊躇が開かる古典への誘いはこうでなくっちゃ! 膝を叩いて腰まで浸かった。

折しもチャーリー・パーカー生誕100年……勢い、連鎖はカモノ・ナガアキラからJ・J氏(植草甚一)へと飛翔し、つい半年前に詰めた植草関連箱のガムテを再び剥がした。〈このあいだ銀座のレコード店に入ったら、ちょうど新しいレコードがたくさん入荷していた。まず、ふところと相談。〉、植草甚一スクラップ・ブック⑬「バードとかれの仲間たち」の巻頭を飾る文章「チャーリー・パーカーのレコードのことから」のイントロだ。一枚予算の氏は即日完売必至のドナルド・バード盤を選び、バードのル・ジャズ・クール盤Vol.3を諦める。が、ダウン・ビート最新号で評者が同盤3枚の仔細に触れており、〈急にまた欲しくなって困ってしまった。〉と素直に綴る。その悔しさを拭うべく同号から〈相棒〉ディジー・ガレスピーの回顧談へ耳目を寄せ、〈だいじな記事なので、訳させてもらうことにした。〉と転調し、1行空けると〈チャーリー・パーカーが死んで六年たった。〉と、いきなりディズ本人になりきってビバップ期への橋を読み手に難なく渡らせる。

J・Jファンには馴染みの〈対訳〉でも〈超訳〉でもない〈植草流〉の独自文体、その変わり身の自然さは映画「豪傑児雷也」の蝦蟇ガエル(=マキノ雅弘の元祖・トリック撮影)を想わせて常にお見事。〈澄みきっていながら、ヴェールをかけたようだし、燃えているけれど霧がボーッと立ちこめているといったようなコントラストの音だった〉、これはバードがアルトから噴き出す〈二種類の強烈なコントラスト〉を有す音色について、ハンプトン・ホースが語った弁。まるで2人のサックス奏者がいて、片や〈いちばん高音の澄みきってピュアな音を〉奏で、片や〈厳粛で深い意味を〉持ち、それが〈ひろがっていくような音を〉出す。それを〈バードは一人でやっているという印象をあたえた。〉との簡潔なホース評。ダイアル(=ビバップ専門のレコード会社)の設立者、ロス・ラッセルの思い出話を植草流に連載紹介した原稿に出てくる。毎回の見出しも「バードを聴きに南カリフォルニアの雀があつまった」とか「二十五歳のバードはビリー・バーグで天使のように吹いた」など、ページを開く手ももどかしくなる様な惹句の響き!

このバード生誕50年時の祝・企画、初連載こそ〈語り手はロス・ラッセルである。〉と針は降ろされたが、4回目の出だしは〈三回めのパーカーの話は、どうもおもしろくなかったなあ。こんどは「夜のざわめき」という章になっているがなんとかしてハラハラするような読みものにしたいもんだ。〉となり、5回目の終盤では(黒人の市民権や立場を引き合いに)「おれみたいになっちゃ駄目だよ」と生前のバードに助言されたホースが再登場。「あれから二十年たって、マルコムXやエルドリッジ・クリーヴァーの本を読んだところ、バードとおんなじことをいっているんで驚いてしまった。」という1970年当時のホース発言を、〈ある対談で語った言葉だ。〉と補足引用しつつ植草は〆る。

前掲の回顧談中、歌手の伴奏でも第一人者だったバードを評してガレスピーは述べている。〈フィル・インのしかたにしても、すっきりといくし誰もかなう者がいなかったが、ときどき短いソロをとり、それをピタリと止めるあたりの難しいコツね、これが素晴らしく上手なんだよ。〉、バードの音楽語法を的確に伝えるこの共同創始者の分析はそれこそ、J・Jの独自文体論としてスクラップ・ブック別巻「植草甚一の研究」に収録されていたとしても違和感はないだろう。

本稿の準備で1920年(大正9年)8月生まれの日本人を初検索して妙に感動した。生誕順に小説家・古山高麗雄、歌人・塚本邦雄、詩人・鮎川信夫といずれも敬愛する表現者が出揃った。ちなみにSF作家のブラッドベリがバードよりも一週間早く生まれていた。なんだか嬉しい発見だ。なかでも塚本の代表的名歌〈馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ〉の一首は(帯で〈入門〉を謳いつつ、〈迂回〉を強いるような我が国の自称・評論家陣の私論よりも余程)、生き急いだバードの半生と音色と速度の相関理解をショートカットしてくれたとの想いが強い。

同じくボク(ら)がもし一連の植草文に出遭えなければ、バード鑑賞の滋味や気づきの遅延を更に余儀なくされただろう。待望の再発音源=愉楽の沼に心底浸れるのも、川嶋文丸:訳の新刊をワクワクしながら読めるのも、あの耽読体験あればこそ。あ、川だ。羽搏てゆく、鳥の歌が聴こえる!

 


チャーリー・パーカー (Charlie Parker)
1920年8月29日、米国カンザスシティ生まれ。ジャズ史を塗り替えた改革者、アルト・サックス奏者。ディジー・ガレスピーとともに40年代半ばビ・バップ・ムーヴメントを巻き起こす。このビ・バップとともにジャズはスウィング・ジャズ/ダンス音楽からモダン・ジャズ/鑑賞音楽へ移行した。若くして死去したが、短期間で残した業績は計り知れず、サックス奏者に限らず全ジャズ・ミュージシャンへ絶大な影響を与え続けている。1955年3月12日、34歳で死去。

 


Charlie Parker ユニバーサルミュージック
<チャーリー・パーカー生誕100周年UHQ-CD リイッシュー>シリーズ

第2弾 2020.11.6 release

 

第1弾 2020.9.2 release

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