©2019株式会社音響ハウス

シティ・ミュージック、日本のポップスの歴史を垣間見ることができるドキュメンタリー

 74年12月からスタジオ業務を開始し、日本の音楽シーンの変遷と共に歴史を積み重ねてきた音響ハウス。相原裕美監督の「音響ハウス Melody -Go-Round」は、この由緒あるレコーディング・スタジオにスポットをあてたドキュメンタリーだ。同映画には坂本龍一や高橋幸宏、松任谷由実、佐野元春などのミュージシャンに加えて、音楽プロデューサーの牧村憲一も証言者として出演している。

 牧村は74年、大森昭男のON・アソシエイツ音楽出版に入社した。大森は、大滝詠一にとって初のCM音楽である三ツ矢サイダーの“サイダー73”をはじめ、数々のCM音楽を手掛けたプロデューサーだ。そもそも大森昭男に大滝詠一の存在を教えたのは牧村で、それが縁で彼は大森のもとで働くことになった。

 「当時大森さんがCM音楽の制作のために使っていたスタジオは5~6か所ありましたけど、クォリティーの高いCM音楽を作ることができる予算を与えられていたときは、優先的に音響スタジオを使っていました。音響スタジオは東京都内でもっとも設備が整っていて、しかもレンタルで使うことができたから。僕がONに入社直後に初めて音響スタジオの現場を任されたのは、照明やインテリアを扱っていたヤマギワのテレビCM。このCMは、映像が写真家の操上和美さんで、音楽はこの映画にも出演しているキーボード奏者兼作曲家の井上鑑さん。当時井上さんは、まだ桐朋学園大学の学生でした」

 音響ハウスには74年の時点で、16トラックのレコーダーが導入されていた。この機材を、自前のスタジオを持っていないレコード会社や音楽事務所がレンタルで使用できるという点に当時の牧村は色めき立ったという。

 「目黒区にあった毛利スタジオが71年頃に4トラックから8トラックのシステムに変えたんですけど、それだけでも当時の音楽関係者の間では大きな話題になりました。それが音響ハウスでは、16トラックで録音できるというのだから、目の色が変わりました。それまでは8トラックでピンポン録音を駆使してレコードなりCM音楽を作っていたわけですけど、音を重ねていくごとに音質が劣化していく。だから洋楽のレコードを山ほど聞いていた僕たちは、不満を抱いていた。日本において、エンジニアの意識が高くなったのもこの頃で、現場の一部の人間はビートルズに負けない音を録ろう、と本気で考え始めていた。そんな時に音響ハウスが設立され、自分たちの夢がひとつの形になったわけですから、すごく興奮しました。また、機能の異なる1スタと2スタを、同じビルの中に作ったことも、音響ハウスの重要な点だと思います」

 牧村にとってもっとも思い出深い音響ハウスでの録音のひとつが、当時まだ大学生だった竹内まりやの『UNIVERSITY STREET』(79年)に収録されているカーラ・ボノフのカヴァー“イズント・イット・オールウェイズ・ラヴ”だ。演奏を務めているのは、79年3月初旬に来日していたリンダ・ロンシュタットのバック・バンド。ワディ・ワクテルやラス・カンケル等の演奏は、音響ハウスの1スタで録音された。

 「今でもはっきり覚えていますけど、それまでに僕が経験した録音と比べて、スタジオのモニター・スピーカーの鳴りが全然違った。天と地ほどの差があったと言ってもいいほどで、どうしてこんな音が違うんだろうと思いました。演奏者それぞれのリズム感や縦の線の揃い方など驚いた点はいくつかありますけど、もっとも強烈だったのは、音そのものの響き。当時の日本のスタジオでは、音量はスピーカーを破損しないように抑え、なおかつ全体のバランスを重視して調整するというのが常識だった。ところが、ベーシストが一音を弾いただけで地響きがした(笑)。その瞬間、僕の音楽観がころっと変わりました。ただ、音響ハウスの1スタは、そんな米国のミュージシャンの演奏にも耐えていた。つまり音が割れなかったという点も、印象に残っています」

 

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 牧村にとってもうひとつの印象深い録音は、82年にリリースされた坂本龍一+忌野清志郎による“い・け・な・いルージュマジック”。この曲の制作のいきさつは、映画の中でも牧村自身によって語られているが、そもそもはひょんな思いつきから生まれたものだった。

 「資生堂の宣伝部の方からキャンペーンのために作られた別の曲のデモテープを聞かせてもらい、何かアイデアを出して欲しいと言われたんですけど、これはつまらないと思うと率直に告げたんです。当時は僕も若かったから(笑)。そのときに坂本さんとキヨシローが一緒にやれば面白い、と思いつきで言ったんですけど、実現するとは思ってなかった。完成前の段階では〈い・け・な・いルージュマジック〉という歌詞の前は坂本さんが白玉のコードを弾いていただけで、歌詞はなかった。でも坂本さんが納得していないような表情を浮かべていたので、矢野顕子の“春咲小紅”のようにしたらいいんじゃないかと助言した。で、〈春咲小紅〉の前に〈ほら〉を付けたように、〈い・け・な・いルージュマジック〉の前にキヨシローお得意の〈Baby Oh Baby〉を付けたんです」

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 ここ数年、70年代の日本のシティ・ミュージックが、海外での反響をきっかけに〈City Pop〉として注目を集めている。「音響ハウス Melody -Go-Round」は、そのシティ・ミュージックの総本山のドキュメンタリーであり、日本の音楽シーンの歴史の一端を垣間見ることもできる。

 「日本の場合、70年代の音楽に関する映像や写真がアーカイヴとしてあまり保存されていないので、たぶん監督はご苦労なさったと思います。でも、この映画には、70年代のシティ・ミュージックの担い手だったミュージシャンやスタッフがたくさん出演している。だからこの映画は、今後もっと価値が上がっていくと思います。10年~20年後の若い人たちは、この映画を通じて日本の音楽の歴史を知るわけだから、これは未来のために作られた作品だと思います」

 


牧村憲一(まきむら・けんいち)
プロデューサー。1946年11月3日東京渋谷生まれ。早稲田大学在学中にユイ音楽工房の設立に参加する。その後CM制作会社オン・アソシエイツにて、大瀧詠一の『サイダー73』などのCM制作。シュガー・ベイブを見出し、山下達郎、大貫妙子をソロデビューさせる。竹内まりやデビュー当時のアルバムプロデュースも担当。

 


CINEMA INFORMATION

映画「音響ハウス Melody-Go-Round」
監督:相原裕美
出演:佐橋佳幸/飯尾芳史/高橋幸宏/井上艦/滝瀬茂/坂本龍一/関口直人/矢野顕子/吉江一男/渡辺秀文/沖祐一/川上つよし/佐野元春/David Lee Roth/綾戸智恵/下河辺晴三/松任谷正隆/松任谷由実/山崎清次/葉加瀬太郎/村田陽一/本田雅人/西村浩二/山本拓夫/牧村憲一/田中信一/オノセイゲン/鈴木慶一/大貫妙子/HANA/笹治正徳/山室久男/山根恒二/中里正男/遠藤誠/河野恵実/須田淳也/尾崎紀身/石井亘<登場順>
主題歌:Melody-Go-Round / HANA with 銀音堂
作詞:大貫妙子 作曲:佐橋佳幸 編曲:佐橋佳幸/飯尾芳史 ブラス編曲:村田陽一
配給:太秦(2019年 日本 99分)
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