©Dan Winters

Act Naturally
ここ数年は気軽なサイズ感のEPを定期的に届けていたリンゴ・スターがおよそ5年ぶりのフル・アルバムを完成! T・ボーン・バーネットと手を組んだカントリー〜ブルーグラス仕様の『Look Up』はレジェンドの屈託のない歌心が堪能できる好盤だ!

 よく考えれば2019年の『What’s My Name』が最後のフル・アルバムになると宣言していたはずのリンゴ・スター。同作からはポール・マッカートニーの演奏も交えたジョン・レノン“Grow Old With Me”のカヴァー(ジョージ・ハリソン風のストリングス・アレンジが施されていた)が話題になったものだが、その後はビートルズの“Now And Then”(2023年)のようなトピックも挿みつつ、ソロでは宣言通り4〜5曲入りのEPのみをコンスタントに5枚リリースしてきた。で、そんな約束も忘れたかのような気軽さで届けられたのが今回の『Look Up』である。近年の作品は仲間をLAの自宅スタジオに招く形でマイペースに制作してきたリンゴだが、今回はLAとナッシュヴィルで曲作りを行ってT・ボーン・バーネットらと録音。そうした情報やジャケからもわかるように今回は完全なカントリー・アルバムだ。

RINGO STARR 『Look Up』 Lost Highway/UMe/ユニバーサル(2025)

 カントリーの周辺が賑やかだった世の風潮やトレンドに触発された可能性こそあれ、リンゴのカントリー愛が浮わついたものでないことは、もちろん多くのリスナーが知るところだろう。そもそもビートルズに加入した62年の時点でメンバーにカントリー風味の自作曲“Don’t Pass Me By”(後に〈ホワイト・アルバム〉に収録)を聴かせていたという彼は、バンドがバック・オーウェンスの“Act Naturally”を取り上げた際にはリード・ヴォーカルを担当(後に本家とのデュエットも実現)。さらに、ビートルズ解散後のソロ2作目『Beaucoups Of Blues』(70年)はナッシュヴィル録音で丸ごとカントリー&ウェスタンに取り組んでいたのだ(邦題はそのまま〈カントリー・アルバム〉!)。そんな軌跡を思えば、55年ぶりの〈カントリー・アルバム〉に彼の気持ちが乗るのも頷ける。

 アルバムはT・ボーンのプロデュースによって全曲がオリジナルで固められ、彼の人脈からデニス・クラウチ(ベース)、ダニエル・タシアン(ギター他)、ポール・フランクリン(ペダル・スティール)らがバックアップ。リンゴが全曲の歌とドラムスを担当するのはいつも通りだが、演奏の布陣が示すように全体はブルーグラス寄りのトラディショナルなアレンジを纏い、朗々とした歌唱がリラックスした空気を伝える好盤に仕上がっている。

 オープニングの軽快な“Breathless”では気鋭のビリー・ストリングスがハーモニーとギターを提供し、タシアンが共同制作したドライヴィンな“Look Up”ではモリー・タトルが客演。彼女はロマンティックな“I Live For Your Love”でマンドリンやギターを演奏し、“Can You Hear Me Call”ではデュエット相手も務めるなど、要所で凛とした存在感を発揮している。ゲストでいえば、ひなびた“Come Back”ではルシウスがヴォーカルで掛け合い、ジョー・ウォルシュがスライド・ギターでひっそり参加したアーシーな“Rosetta”ではビリーと並んでラーキン・ポーも大きくフィーチャーされている。近年は気心の知れた友人たちとの仕事が多かったリンゴだけに、フレッシュな後進たちとの手合わせはいつもとは違う活力になったのではないだろうか。アリソン・クラウスを迎えて大らかにラストを飾る“Thankful”では主役も唯一ソングライトに名を連ねている。

 もちろんリンゴに仰々しい大作を求める必要もないわけで、力の抜けたこの味わい深さは望むところ。今後もこういう作品をマイペースに届けてほしい。