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コロナ禍を生きる実感、そこに侵蝕するオウガの音楽

去年(2019年)、アルバム『新しい人』の発売にあたって出戸学に僕が行ったインタビューで、こういうやりとりがあったことを思い出す。

──さっき、僕は新作を聴いて「朝」って曲に反応したと言いましたけど、そういう意味だと最近、僕は夜よりも朝のほうがいろんな怖さを感じるんですよね。起き抜けで自分の感覚がはっきりしない時間帯が実は不思議だし怖い。これまでは、ロックも含めたサイケデリックな表現って主に夜を描いていて、見えない闇のなかにいることのほうが「恐怖」や「不安」を担ってたと思うんですよ。自分が誰か、相手が誰かもわからない認知の消失みたいな感覚も感じやすいし。でも、今は大きな災害があって一夜明けて明るくなった後に被害がまる見えになる怖さとかがある。高齢化社会になって、目の前にいる人がわからなくなってく感じとも通じてるというか。

出戸 そうですね。感覚が鈍って認知できなくなって全てが曖昧になってく夜の感覚というより、今回は感覚がどんどん研ぎ澄まされていくことで目の前にある当たり前だと思ってたことが「そもそも何だっけ?」となる感じがアルバムを通してあるんです。例えば「なんでこの紙切れをお金として受け取るんだっけ?」とか、「自分の意識って何であるんだっけ?」とか考えれば考えるほどわからなくなっていく。当たり前のことをわざわざ考えてみて、だんだん不安になってくるという感覚。

『新しい人』特設サイト/出戸学インタビューより抜粋)

このときは、二人とも災害や人間の肉体的な変化(老化)などについてしゃべっていて、新型コロナウイルスの蔓延みたいなことが起きることは想定していなかった。ただ、すべてが目に見えているのに目に見えないウイルスによって世界が変わってしまった、という事象への感覚的反応としては、あながちはずれた話はしていなかったんだなと思い返している。

だからと言って、オウガの楽曲や出戸学の歌詞が、あらかじめなんらかの予言であったり暗示であったりしたということを強く言いたいわけじゃない。だが、“朝”だけでなく、“さわれないのに”が、“わかってないことがない”が、“見えないルール”が、今夜ライブで演奏されている曲のどれもが、どんどんいまの自分の実感に侵蝕してきているのがわかる。

1メートル置きにフロアに記された目印に立ち、ゆっくりと揺れるように、小刻みに震えるように今夜のオウガの音を浴びている観客のひとりひとりも、それぞれが似たようなことを考えていたんじゃないだろうか。

 

はるか遠くに感じる「来年もまたここで」

僕が見た初回のセットは、“わかってないことがない”の後に“夜の船”が演奏されたほうだ(20時スタートの2セット目では“見えないルール”の後に“ロープ Long ver.”)。この“夜の船”がとても素晴らしかった。このがんじがらめな状況から、もう一度見えない闇に向けて船を出そうと誘う。“朝”がこの時代に強烈な光となって闇の恐怖を暴き出すのと反比例したかのように、この日の“夜の船”はそっと闇のぬくもりを提示していた。“夜の船”は大好きな曲だけど、ここまでグッとくるとは予想していなかった。

定点観測のようだと僕は書いたが、それはオウガのメンバーにとっても同じようなことかもしれない。バンドの演奏も、佐々木幸生、中村宗一郎がPAで作り出す音響も、この年、この日であることを強く意識しすぎたものではない、だが、日々の流れのなかで彼らの音が世の中の空気に触れて徐々に変わってゆくように、僕らもきっと同じままではいられない。ある意味、彼らがどう変わったかを観察しているようでいて、じつはわれわれの気分や社会の状況が、オウガがその場所で放つ光と闇と彼らの音楽で照らし出されているのだとも思える。むしろ定点観測されているのは僕らのほうだった、みたいな。

そんなことを考えながら、アンコールの“動物的/人間的”を観ていた。「来年もまたここで」という決まり文句をこれほどはるか遠くに感じる年はない。だけど、来年もまた、この季節に、ここで、オウガを観たいと思った。

 


RELEASE INFORMATION

 リリース日:2020年12月20日
品番:OYA-2005
価格:2,500円(税込)

※各ストリーミング・サービスにて配信中 https://ogreyouasshole.lnk.to/workshop3
※ライブ会場/公式webshop限定販売 https://oyashop.shopselect.net/

TRACKLIST
1. 新しい人(LIVE)
2. わかってないことがない(LIVE)
3. ありがとう(LIVE)
4. 朝(LIVE)
5. bridge(LIVE)
6. 素敵な予感(LIVE)
7. いつかの旅行(LIVE)
8. 記憶に残らない(LIVE)
9. わけもなく(LIVE)
10.動物的/人間的(LIVE)