ジャズやフォークからフィールドレコーディングまでを融合させた独自の瞑想的なサウンドで、世界的な注目を集めている若き異才ナラ・シネフロ。2022年にリリースしたデビューアルバム『Space 1.8』が絶賛を集めたことも記憶に新しいが、先日2ndアルバム『Endlessness』を発表、早くも今年のベストアルバムの一つとして称賛されている。そんななか待望の来日公演の開催もアナウンスされた。
今回Mikikiは、新作について短期集中連載を展開。様々な聴き手に異なる環境と媒体で『Endlessness』を聴いてもらい、その場で感想を聞く。初回は、ブロードキャスターのピーター・バラカンにタワーレコード渋谷店のTOWER VINYLで聴いてもらった。ALTEC A5という巨大な劇場用スピーカーで2LPのアナログ盤を再生した。

音楽のお風呂に入っているような状態
――ピーターさんはナラ・シネフロのことをご存知でしたか?
「実はこのレコードで初めて知ったので、前作は聴いていないんです。アルバムに付いている柳樂(光隆)さんの解説文を読んで、3年前にアルバムを出していたこと、しかもそれがすごく反響があったことを知りました。だから、あくまでこのアルバムでしか判断できないし、彼女のバックグラウンドも知らないんです。彼女はいくつなんですか?」
――まだ24歳のカリブ系ベルギー人で、ロンドンで活動しています。
「若いですね。柳樂さんのライナーノーツによると、どの楽器も独学で習得したそうですね。実は僕、こういうタイプの音楽ってあまり聴いてこなかったんですけど」
――とはいえ、レーベルからの案内にバラカンさんが即座に反応されたと聞いています。
「いつも新譜の情報をもらっているのですが、ジャケットのデザインを見て、おもしろそうだなって思ったんです。それで1曲だけ聴いてみたところ、全部聴きたいと思ってレーベルにお願いしました。きっかけは勘でしたが、好きな音楽でしたね」
――『Endlessness』をじっくりと聴いてみて、いかがでしたか?
「コンピューターのスピーカーで一度聴いたのですが、今日ちゃんといいスピーカーで聴いたら、まさに音を浴びているような感覚でしたね。音楽のお風呂に入っているような状態でした(笑)」
――〈音浴〉という感じですよね。
「そういえば、音浴博物館という施設が長崎県の山奥にあるんです。廃校になった小学校にものすごい数の古いレコードやオーディオ機器を置いていて、同じ音源を複数のスピーカーでスイッチングして聴けるようになっています。あそこはなかなか素敵なところです。
脱線しましたが、これは本当に音浴の作品って感じですね」
――よくわかります。
「夏休みにブータンへ旅行に行って、古都のプナカに2泊したんです。街の中を川が流れていて、しばらく流れを見ていたのですが、このレコードを聴きながら、それを思い出しました。彼女の音楽を聴いていると、川の流れを見ているようだったんです。まさにアルバムタイトルの『Endlessness』(終わりがないこと)と曲名の“Continuum”(連続した繋がり)どおりの状態。川の流れって、常に同じでいて、また常にちがってもいて、それにすごく近い感じがしました。音を聴いて、その映像がよみがえってきました」

ぼーっと過ごせる、でも注意深く聴きたくなる作品
――音楽的に、具体的に引っかかった部分はありますか?
「ジャンル分けはできないですよね。ジャズではないし、アンビエントでもない。でも、その両方の側面を持っている。テリー・ライリーの音楽に若干の共通点があるかなって感じますけれど、影響を受けているかはわかりません。アンビエントミュージックではないと思うけど、でもアンビエント的に聴くのがいいと思う。
ブライアン・イーノが最初にアンビエントを提唱したのは今からもう40年以上前のことですが、彼はアンビエントの定義について〈環境の音として注意を払わなくてもいい。でも、注意して聴いた時に、それだけの聴きごたえがある〉と言っていました。すごくいい定義ですよね。このレコードも、それがまさに当てはまる作品です。そういう両方の聴き方ができるレコードだと思いました」
――なるほど。
「でも、聴き流していたら、気になるところが絶対にあると思います。そうあっていいものなんです。かといって、すごく強い主張があるわけではない。ちょうどいい感じで、仕事をしながら聴くことができないわけではないけれど、ところどころ手を休めて聴きたくなる場面もある、そんな作品ですね。瞑想と言ったら大げさかもしれないけど、宗教的な意味ではなく、何も考えないで静かにぼーっと過ごせるというか、そういうのにすごく適した音楽ですね。
今日はアナログ盤で聴きましたが、むしろCDで聴いたほうが連続して聴けるからいいかもしれません。音のことを考えて、アナログもわざわざ2枚組で出しているのでしょうけれど」
――1枚に収まる長さをあえて2枚組にしているので、溝の幅に余裕があって、内周の音もいいと感じました。
「もちろん、音はいいですよ。比較すると、大抵アナログの音が一番いいんです。おそらく、曲の長さを考慮してA、B、C面に収めたのでしょうね。45回転にして、D面まで入れる手もあったのでしょうけど、そうはしていない」

――ご本人はすごくこだわりが強い方らしく、D面がエッチング仕様というのも彼女の美的なセンスによるものかもしれません。また今回、ストリングズを入れたことが前作とのちがいになっています。
「ストリングズについては、シンセサイザーでストリングズのような音を出しているところもあるし、シンセと実際のストリングズのちがいは、僕にはあまりわかりませんでした」
――生音と電子音が溶け合っている?
「ええ。シンセサイザーも古いものを使っているのでしょうね」
――モジュラーシンセサイザーも使っていますね。
「パッチで繋ぐやつですよね。あんなシンセをわざわざ使っているんですか。松武秀樹さんのことを思い出しますね」
――また、ナラはハープも演奏しています。
「ハープといえば、最近、僕がものすごく気に入ってのめり込んでいるマシュー・ハルソールというイギリスのトランペット奏者がいますが、彼のレコードのほとんどにハープが入っています。
彼の音楽は俗にスピリチュアルジャズと呼ばれていて、スピリチュアルジャズの元祖といえばアリス・コルトレイン。彼女はずっとハープを使っていたから、もしかしたらナラ・シネフロもアリスを意識しているかもしれません」
――ただ、ナラの音楽って、いわゆるスピリチュアルジャズとはちがいますよね。
「全然ちがいますね。比較しようとも思いません。ただ、彼女がハープを演奏するきっかけが、もしかしたらアリスだったのかもしれないなと。
ハープって、ポピュラー音楽であまり使われない楽器ですよね。アイルランドのトラディショナルとかは別ですが、ジャズでもハープを使う人は少数です。ドロシー・アシュビーとか、最近はブランディ・ヤンガーという人がいて、大体女性です。男性では、上原ひろみと一緒にライヴをやっていたコロンビアのエドマール・カスタネーダしか知りません」

分析するより体験するのがいい音楽
――ナラはロンドンに移ったあと、レコード屋でバイトをしていて、古いジャズからラテン音楽、民族音楽まで、幅広くディグっていて、DJもやっていたそうです。
「そういう人は、とにかくジャンルが関係ないんですよね。〈このジャケット、いいな。なんだろう?〉と勘で聴くことを常日頃からしているでしょうから。1年足らずだけど、僕もレコード店で働いたことがあるから、いろんなものを聴きましたね。意外な出会い方をしたレコードが愛聴盤になったりするので、ナラ・シネフロがレコード店で働いていたところから音楽を作りはじめたのは有機的な流れだと思います。なので、分析するよりも体験するのがいい音楽って感じがしますね」
――まさに、ナラの音楽を体験できる機会がやってきます。11月25日(月)に東京・めぐろパーシモンホールで来日公演が開催されるんです。昨年のライヴの予定が中止されてしまったので、待望の公演ですね。
「パーシモンホールはいいですね。あそこはすごく落ち着いていて、大きさもちょうどいいですし、楽しみです。彼女の音楽を聴いている人は、若い人が多いのでしょうか?」
――ナラのアルバムにはロンドンジャズシーンのプレイヤーが参加しているので、旧来のジャズファンというより、同地の音楽や最新の音楽に興味がある若い人が聴いている印象です。
「ヌバイア・ガルシアも何曲かで参加していますしね。ジェイムズ・モリスンという名前も知っています」
――エズラ・コレクティヴのサクソフォニストですね。
「なるほど! 今のロンドンとマンチェスターのシーンって、あまり接触がないと思っているんですよね。さっき言ったマシュー・ハルソールはマンチェスターの人ですが、ロンドンのミュージシャンと一緒にやっている印象はあまりないので」
――ゴーゴー・ペンギンもマンチェスター出身で、マンチェスターにはロンドンと異なる独特のシーンがありますよね。
「ゴーゴー・ペンギンは、彼のレーベル(ゴンドワナ)からレコードを出していましたからね。
あと、ナット・バーチョールというマンチェスターのサックス奏者をすごく気に入っているんです。若い人ではチップ・ウィカムというサックス奏者がいて、彼のこともすごく好きです」
――サックス奏者といえばジャズの花形ですが、ナラの音楽にはビバップ的な熱いソロはないですよね。
「僕が好きなマシューはトランペット奏者ですが、彼の演奏にも圧はないんです。グルーヴがあっても、すごく柔らかい感じですね」

ジャンルとジャンルに跨る音楽こそおもしろい
――そういう意味で、ナラの音楽は、ピーターさんのようにジャンル分けを気にしない人にこそ響きそうだなと。
「ジャンルが何のためにあるかといったら、レコード屋のためなんですよ。どこの餌箱に入れるかという、それだけですよね(笑)。今はオンラインでレコードを買う人が多いじゃないですか。オンラインの場合、本当にジャンルは関係ありませんから。僕は昔から、音楽をジャンルで聴くことにはあまり意味がないと思っているんです。むしろ、ジャンルとジャンルに跨っている音楽の方が、ずっとおもしろいと思っていました。
〈Peter Barakan’s Music Film Festival 2024〉で上映する※映画『ガーランド・ジェフリーズ ジャンル知らずの帝王』のガーランド・ジェフリーズの音楽も、アメリカのラジオではかけてもらえなかったそうです。ソウルあり、ロックあり、レゲエありと、そういういろんな要素が入っている音楽はなかなか難しいんですよね」
――アメリカは特にジャンル分けが強いと言いますからね。
「それと、僕がおもしろいと思う人は、ジャズの影響を何らかの形で受けている人が多いんです。つまり、即興の要素がある方が、音楽は絶対におもしろい。クラシックにだって、カデンツァという演奏者がその時の気持ちで即興する部分がありますよね。
ナラ・シネフロのこのアルバムにも、即興の部分は多いと思います。もちろん作曲したとおりに演奏しているところもあると思う。ただ、その境目がわからない。
プログラミングしている部分と生で演奏をしている部分の境目も、よくわからなかったですね。ここのシンセサイザーはプログラミングしているのかな?と思ったら、徐々にスピードが遅くなったり、あるいはテンポが早くなったり。あきらかに本人が演奏しているところはあるけど、どこで切り替わったのかがわからなくて不思議で、そこがおもしろいですよね」
――ジャンルにしても演奏にしても境目がないと。アルバム自体も各曲も、どこか一部分を切り出してみたら、どこのどういう部分なのかがわからなさそうですね。
「まさに、最初に言った川の流れを見ているような気持ちになる音楽なんですよね。早くなったり、遅くなったり、流れの中で微妙に蛇行している部分があったり、見ていて興味が尽きないんですよ。ずっと見ていられる。それに近い音楽だから、アルバムを聴きながら、そういう微妙な変化に気づきながら流れに乗っていける感覚に満ちています。聴いていて、すごく気持ちよかったです」
――ピーターさんのブータン旅行とナラの音楽が接続するとは思いませんでした(笑)。
「川の流れなんて、日本にいても、どこにいても、見ようと思えば見られるんだけどね。そういうことをする時間的な余裕も普段はないですから。大自然の中にしばらくいることが大事だと、つくづく思いました。そのことを思い出せてくれたアルバムです」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2024年9月6日(金)
■国内盤CD(解説書封入)
品番:BRC770
価格:2,860円(税込)
■輸入盤CD
品番:WARPCD358
価格:2,690円(税込)
■輸入盤LP
品番:WARPLP358
価格:5,290円(税込)
■輸入盤LP(数量限定/日本語帯付き/解説書封入)
品番:WARPLP358BR
価格:5,690円(税込)
TRACKLIST
1. Continuum 1
2. Continuum 2
3. Continuum 3
4. Continuum 4
5. Continuum 5
6. Continuum 6
7. Continuum 7
8. Continuum 8
9. Continuum 9
10. Continuum 10

■輸入盤LP(数量限定/日本語帯付き/解説書封入)
リリース日:2024年11月15日
品番:WARPLP324BR
解説:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
価格:4,390円(税込)
TRACKLIST
A1. Space 1
A2. Space 2
A3. Space 3
A4. Space 4
A5. Space 5
B1. Space 6
B2. Space 7
B3. Space 8
LIVE INFORMATION

2024年11月25日(月)東京 めぐろパーシモンホール 大ホール
開場/開演:18:00/19:00
TICKET:8,000円(税込/全席指定)
※未就学児童入場不可
※開演前にお早目のご入場をお願いします
企画制作:BEATINK
INFO:03-5768-1277
E-mail:info@beatink.com
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14288