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平野氏に向けたバラード“He'll Know”

――ところで、市原ひかりバンドがスタートしたのはいつ頃ですか?

市原「2013年頃だったかな。7~8年、この面子でやっています。バンドを続ける上で大切なことは仲良しクラブになってはいけないということ。緩い感じというか、なあなあで楽しいだけでは駄目ですし、だからと言って気が合わなければ音楽は出来ません。私たちはしょうもないことで一緒に笑えるし、音楽も真剣に出来る。これって実は稀なことなんですよね。あのね、人ってそれぞれ色みたいなモノがあるじゃないですか?」

――漂っている空気というかオーラのようなモノのことですか?

市原「そう。この4人は演奏中もそれ以外も、個々の色が上手く交じるんです。気が合うというのはそういうことなんでしょうね。だから、長年ライブを続けてこられたし、ベーシックなバンド・サウンドもしっかりと固まった。仮に半年空いて音を出したとしても、前回より上回った演奏になる自信があります」

――ということは、すでに、オリジナル曲だけでレコーディングをする準備が出来ていたんですね?

市原「バンドを始めた時からの曲が溜まっていたのでいつでもOKな状態でした。そうしたら、去年の8月頃、平野さんから具体的な話があり、3か月後の11月にスタジオ入りすることになったんです。曲というのは録音して初めてひと区切り、成仏出来ると思っているのでとても嬉しかった。そうだ、平野さんから〈僕に何か1曲書いてくれない?〉と頼まれたので、7曲目に収録した“He'll Know”を書き下ろしました。」

――“He'll Know”の〈He〉は平野さんのことでしたか!

市原「というより、〈He'll Know〉と声に出して言ってみてください。〈ヒールノウ〉〈ヒーラノゥ〉〈ヒラノ〉って聞こえるでしょう?」

平野「まさかの駄洒落だもんなあ(笑)」

――あっ、本当だ(笑)。

市原「英語の曲を歌っていると、フレーズの一部分が日本語に聴こえてくることがあるんです。例えば〈He carries〉は〈ひかり〉にしか聴こえないとかね。そんな風に〈He'll Know〉は〈平野〉に聴こえちゃう(笑)。ただ、面白いことに平野さんをイメージしながら曲を書いていたにも関わらず、何故か、土岐さんのことが頭に浮かび、最終的にはこの曲を土岐さんが吹いたら素敵だろうなあと思いました。それで、〈土岐〉を〈鳥のトキ〉に変えて〈He'll know how beautiful the ibis is(彼はどれだけトキが美しいのかを知るだろう)〉というタイトルにしたんですが、余りにも長すぎるので“He'll Know”に縮めました。曲自体は夜中、キーボードに向かい、鍵盤を触っていたら心のスイッチがパチンと入ってあっという間に完成。バラードではありますが、平野さんの迸る情熱を描こうと、コンセプトが明確だったのでスッと書けたんでしょうね」

平野「とても美しい曲だったので大感激でした。僕はアルバムの1曲目にしたかったんだけど、市原さんに却下されてしまいまして(笑)」

――ひかりさんなりに曲順のこだわりがあったんですね。

市原「アルバムの1曲目はバンドを始めた初期に書いた“Anthem”にすると決めていたんです。というのも、このバンドでライブをする時はオープニングに演奏することが多いですし、“Anthem”をやらないとバンドが整わないと思っているぐらい、スーパー・マスト曲なんですよ。実はこの曲、大阪出身の書道家で、今は亡き、母方の祖母、陽子お祖母ちゃんに捧げて書きました。彼女は会えばいつも〈アンタ、可愛いなあ。アンタ、天才やで〉と応援してくれていたんですが、レコーディング日が祖母の命日だと気付いた時はグッと胸に込み上げるものがありましたね」

――お祖母さまが今も見守っていると示唆するような偶然ですね。

市原「ねぇ。で、この曲はドラムから始まっていますが、元々、私の中にドラム・パターンが出来上がっていたので、それを横山君に口頭で伝えようとしたら、言葉で説明するのがどうにも難しくてちょっと苦戦しました。結局は尺が倍のセカンド・ライン(・リズム)なんですよ。天国にいる祖母に向けて書いた曲なので、ニューオリンズ独特の葬儀パレードから生まれたリズムはピッタリだと思っています。アルバム名も『Anthem』にしたので〈天国を感じさせるジャケットにして欲しい〉と平野さんにお願いしました」

平野「『Anthem』の持つ〈賛歌〉という言葉の意味や〈天国〉からイメージしたのは、ポカポカと暖かく、黄金色に輝く幸せな世界。しかも、お祖母さまの名前が〈太陽〉の一文字を使った〈陽子〉さん! それで岡本太郎の〈太陽の顔〉をモチーフにしたんです」

――1度目にしたら絶対に忘れられない印象的なアート作品ですよね。ところで、ひかりさんはこれまでにも特定の誰かに捧げた曲を書いていますよね。

市原「はい。それは私が音楽をやっている理由に繋がるんです。私は人のために演奏し、歌っています。私の表現したことで誰かが喜んでくれたらいいなあと思ってミュージシャンを続けているんです。それに尽きるといっても過言ではありません。だから、誰かのために曲を書きたくなるんでしょうね」

 

本や言葉からのインスピレーション

――2曲目の“Urim & Thummim”は?

市原「ブラジルの作家、パウロ・コエーリョ著の『アルケミスト~夢を旅した少年』という本に出てくる……」

――えっ、愛読書です!

市原「本当ですか? あの中に白い石(ウリム)と黒い石(トムミム)が出て来たでしょ? 主人公が石に〈どうしたらいいか〉と尋ねるとイエスの時は白い石が動き、ノーだと黒い石が動くという、簡単に言えば占いの道具みたいなモノで、そこから頂戴しました。本を読んでインスピレーションが湧き、ストーリーを題材に曲を書いて制作した前々作のアルバム『Dear Gatsby』(2014年)のような感じというか」

――F・スコット・フィツジェラルド著の人気作で映画化もされた「華麗なるギャッツビー」をもとに作ったあのアルバムは、今回のメンバーでもある市原ひかりバンドの初録音作品でした。

市原「そうなんです! 実はあの時、『アルケミスト』をテーマにアルバムを作るか、それとも『華麗なるギャッツビー』にするか迷ったんですよ。結局、より多くの人に馴染みのある『華麗なるギャッツビー』を選びましたが、“Urim & Thummim”は今回のアルバムに収録するのがベスト・タイミングだったんだと今は感じています」

――そういえば、5枚目のアルバム『Move on』(2010年)では、村上春樹著「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の中に出て来る生き物の名前をタイトルにした“やみくろ”という曲もありました。ひかりさんは本にインスパイアされて曲を書くことも珍しくないようですね。

市原「私は本を読むのが大好きなんです。小学生の頃は年間、200冊読破を目標にしていたぐらい。今はそこまでではありませんが、それでも時間を見つけて何かしら読んでいます。最近ですと浅田次郎先生の作品にハマっています。浅田先生の文章は本当に素晴らしくて、それこそ曲を書きたくなるストーリー。問題なのは感情移入し過ぎて暫く引きずってしまうこと。悲しい内容だと何日も落ち込んでしまうので、最近は笑える系や歴史物語を読むことが多いですね」

――3曲目の“Just Fade Away”はダグラス・マッカーサーが退任演説で引用した〈老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die, they simply fade away)〉からネーミングしたのですか?

市原「後付けですけどね。いずれ使おうとキープしていたワードで、この曲にぴったりだと思い、タイトルにしました。ただ、随分前に作った曲なので、どういう気持ちで書いたか詳細は忘れてしまいましたけれど(笑)。“The Thinker”も曲の雰囲気からタイトル付けしています。実はこれ、考え過ぎてしまう私自身のことなんです(笑)。考え過ぎてウワ~っとなっている自分です。〈反復〉という意味の“Repetition”はタイトルからも解かる通り、コードが繰り返されている曲で、3年前ぐらい前に書いた、アルバムの中では割と最近の曲になります」

――因みに、ひかりさんはどういうタイミングで曲を書いていますか?

市原「ピアノの前に座ってコードを押さえていると自然と手が動き、メロディーが生まれ、いつの間にか曲が出来ているっていう感じです。但し、なんとなくピアノに向かうというのがポイントで、いざ、書こうと思うとこれがなかなか難しい。そう簡単に曲は降りて来てくれません。死に物狂いで書いているんですよ(笑)。ただ、以前4小節だけいきなり降りて来たことがありました。その部分だけずっと頭の中で鳴っていて、そうこうしているうちに誰か他の人が書いた4小節のような気がして来て、メンバーに〈この曲知っている?〉と確認しても、みんな、知らないと言うんです。そりゃそうですよね。で、譜面を整理している時に〈私のモチーフだ〉と思い出して、その後、1曲の形にしたことがあります。いずれ、歌詞を付けて発表したいと思っているんですよ」

――楽しみにしています!