スウィンギンな歌声を余すところなく収録し、ヴォーカリストとしての新境地も開いた前作『Sings & Plays』から2年。トランペット奏者、市原ひかりは次のステップへと踏み出し、通算10作目にあたる『Anthem』を完成させた。長年、ライブを重ねて来たバンド・メンバー〈宮川純(ピアノ)、清水昭好(ベース)、横山和明(ドラムス)〉と共に自身のオリジナル曲のみで構成したインストゥルメンタル作品を手にして〈再デビューした気分かも〉と彼女は微笑む。ポップな口調で想いや信念をストレートに語る市原の目は心に宿ったパッションをくっきりと映し出していた。彼女の音楽に惚れ込んだ新進気鋭のレーベル〈Days of Delight〉のファウンダー&プロデューサー、平野暁臣氏も交えたインタビューはジャム・セッションのごとく、予定調和ナシで進行。場所はなんと都心の公園、青空の真下という開放的なロケーションで行われた。

市原ひかり 『Anthem』 Days of Delight(2021)


全曲オリジナルでインストゥルメンタル、これが彼女の本質

――ニュー・アルバム『Anthem』はちょうど10枚目のリーダー作になるんですね。

市原「そういった節目ということもあり、次のチャレンジを考えていた矢先、プロデューサーの平野さんからアルバム制作のお話をいただきました。平野さんと初めてお会いしたのは、私がレギュラーで参加している土岐(英史/サックス)さんのバンドでライブをしていた会場です。でも、最初の頃は私の演奏にピンと来なかったそうで(笑)」

平野「うん(笑)。もちろん、市原さんが素晴らしいプレイヤーだということはすぐに解りました。上手いし、音色は綺麗だし。ただ、正直に言えば、僕の〈ジャズ魂〉を揺さぶる存在ではなかった。どこか他人事だったっていうか……。ところがしばらく経ったある日、いつものように土岐バンドを観に行って、80cmぐらいの至近距離で彼女の音を浴びているうちに、とつぜん感動の波が襲ってきたんですよ。ああ、なんて美しいんだ、ラッパの音ってこんなにも美しかったのか、って。しかもただキレイなだけじゃない。背後にある種の〈凄み〉が潜んでいるって気がついた。それ以来、何としても彼女のアルバムを作りたいと狙っていたんです(笑)」

市原「私自身は土岐さんのリーダー・アルバム、かつレーベル〈Days of Delight〉の第1弾作品『Black Eyes』(2018年)のレコーディング現場で、平野さんがとんでもなく熱い人だと実感していました。さらに、空間メディアプロデューサーとして活躍され、岡本太郎記念館の館長さんでもあるクリエイティブワークのプロフェッショナルですから、それだけでもう信用しちゃうというか(笑)。とにかくファースト・コンタクトの印象が凄く良かった。それで新天地でのレコーディングを決意したんです」

――アルバムを作る際、平野さんから何かリクエストはありましたか?

市原「私のオリジナル曲だけでアルバムを作りたいとおっしゃって、これは本当に嬉しかったです」

平野「もうひとつ、ぼくが感動に襲われた〈市原ひかりの音〉に焦点を当てたかったので、インストで行こうと提案しました。トランペッターとしての原点に立ち返り、レギュラー・バンドによる全曲オリジナル、歌なしで行こうと。彼女の本質をシンプル&ピュアにすくい上げるには、それがベストと考えたからです。市原さんのレギュラー・バンドのライブは何度か見ていますが、本当に素晴らしいんですよ。彼女の曲も良いし、4人が楽しそうに活き活きと演奏している。なにより、あの4人の演奏は、市原ひかりの魅力を最大限に引き出すように出来ている。彼ら自身は意識していないかもしれないけれど、見事なまでにそうなっている。その状況をそのまま記録したいと思ったんです。だからいっさい注文はつけませんでした。いつものようにやってくれるだけでいいと。彼らが気持ち良くレコーディングしてくれればそれで良かったんです」

市原「バンドが私の魅力を最大限に引き出している……」

平野「そう。つまり、あの4人で彼女のオリジナル曲を演奏することこそが、トランぺッター市原ひかりの個性と持ち味を最も象徴的・実効的に打ち出す手段だということです。それをリスナー側からみれば、プレイヤーとしての彼女の本源に最も近づく回路を手に入れることになる」

市原「ねっ、熱いでしょ(笑)?」

 

平野氏に向けたバラード“He'll Know”

――ところで、市原ひかりバンドがスタートしたのはいつ頃ですか?

市原「2013年頃だったかな。7~8年、この面子でやっています。バンドを続ける上で大切なことは仲良しクラブになってはいけないということ。緩い感じというか、なあなあで楽しいだけでは駄目ですし、だからと言って気が合わなければ音楽は出来ません。私たちはしょうもないことで一緒に笑えるし、音楽も真剣に出来る。これって実は稀なことなんですよね。あのね、人ってそれぞれ色みたいなモノがあるじゃないですか?」

――漂っている空気というかオーラのようなモノのことですか?

市原「そう。この4人は演奏中もそれ以外も、個々の色が上手く交じるんです。気が合うというのはそういうことなんでしょうね。だから、長年ライブを続けてこられたし、ベーシックなバンド・サウンドもしっかりと固まった。仮に半年空いて音を出したとしても、前回より上回った演奏になる自信があります」

――ということは、すでに、オリジナル曲だけでレコーディングをする準備が出来ていたんですね?

市原「バンドを始めた時からの曲が溜まっていたのでいつでもOKな状態でした。そうしたら、去年の8月頃、平野さんから具体的な話があり、3か月後の11月にスタジオ入りすることになったんです。曲というのは録音して初めてひと区切り、成仏出来ると思っているのでとても嬉しかった。そうだ、平野さんから〈僕に何か1曲書いてくれない?〉と頼まれたので、7曲目に収録した“He'll Know”を書き下ろしました。」

――“He'll Know”の〈He〉は平野さんのことでしたか!

市原「というより、〈He'll Know〉と声に出して言ってみてください。〈ヒールノウ〉〈ヒーラノゥ〉〈ヒラノ〉って聞こえるでしょう?」

平野「まさかの駄洒落だもんなあ(笑)」

――あっ、本当だ(笑)。

市原「英語の曲を歌っていると、フレーズの一部分が日本語に聴こえてくることがあるんです。例えば〈He carries〉は〈ひかり〉にしか聴こえないとかね。そんな風に〈He'll Know〉は〈平野〉に聴こえちゃう(笑)。ただ、面白いことに平野さんをイメージしながら曲を書いていたにも関わらず、何故か、土岐さんのことが頭に浮かび、最終的にはこの曲を土岐さんが吹いたら素敵だろうなあと思いました。それで、〈土岐〉を〈鳥のトキ〉に変えて〈He'll know how beautiful the ibis is(彼はどれだけトキが美しいのかを知るだろう)〉というタイトルにしたんですが、余りにも長すぎるので“He'll Know”に縮めました。曲自体は夜中、キーボードに向かい、鍵盤を触っていたら心のスイッチがパチンと入ってあっという間に完成。バラードではありますが、平野さんの迸る情熱を描こうと、コンセプトが明確だったのでスッと書けたんでしょうね」

平野「とても美しい曲だったので大感激でした。僕はアルバムの1曲目にしたかったんだけど、市原さんに却下されてしまいまして(笑)」

――ひかりさんなりに曲順のこだわりがあったんですね。

市原「アルバムの1曲目はバンドを始めた初期に書いた“Anthem”にすると決めていたんです。というのも、このバンドでライブをする時はオープニングに演奏することが多いですし、“Anthem”をやらないとバンドが整わないと思っているぐらい、スーパー・マスト曲なんですよ。実はこの曲、大阪出身の書道家で、今は亡き、母方の祖母、陽子お祖母ちゃんに捧げて書きました。彼女は会えばいつも〈アンタ、可愛いなあ。アンタ、天才やで〉と応援してくれていたんですが、レコーディング日が祖母の命日だと気付いた時はグッと胸に込み上げるものがありましたね」

――お祖母さまが今も見守っていると示唆するような偶然ですね。

市原「ねぇ。で、この曲はドラムから始まっていますが、元々、私の中にドラム・パターンが出来上がっていたので、それを横山君に口頭で伝えようとしたら、言葉で説明するのがどうにも難しくてちょっと苦戦しました。結局は尺が倍のセカンド・ライン(・リズム)なんですよ。天国にいる祖母に向けて書いた曲なので、ニューオリンズ独特の葬儀パレードから生まれたリズムはピッタリだと思っています。アルバム名も『Anthem』にしたので〈天国を感じさせるジャケットにして欲しい〉と平野さんにお願いしました」

平野「『Anthem』の持つ〈賛歌〉という言葉の意味や〈天国〉からイメージしたのは、ポカポカと暖かく、黄金色に輝く幸せな世界。しかも、お祖母さまの名前が〈太陽〉の一文字を使った〈陽子〉さん! それで岡本太郎の〈太陽の顔〉をモチーフにしたんです」

――1度目にしたら絶対に忘れられない印象的なアート作品ですよね。ところで、ひかりさんはこれまでにも特定の誰かに捧げた曲を書いていますよね。

市原「はい。それは私が音楽をやっている理由に繋がるんです。私は人のために演奏し、歌っています。私の表現したことで誰かが喜んでくれたらいいなあと思ってミュージシャンを続けているんです。それに尽きるといっても過言ではありません。だから、誰かのために曲を書きたくなるんでしょうね」

 

本や言葉からのインスピレーション

――2曲目の“Urim & Thummim”は?

市原「ブラジルの作家、パウロ・コエーリョ著の『アルケミスト~夢を旅した少年』という本に出てくる……」

――えっ、愛読書です!

市原「本当ですか? あの中に白い石(ウリム)と黒い石(トムミム)が出て来たでしょ? 主人公が石に〈どうしたらいいか〉と尋ねるとイエスの時は白い石が動き、ノーだと黒い石が動くという、簡単に言えば占いの道具みたいなモノで、そこから頂戴しました。本を読んでインスピレーションが湧き、ストーリーを題材に曲を書いて制作した前々作のアルバム『Dear Gatsby』(2014年)のような感じというか」

――F・スコット・フィツジェラルド著の人気作で映画化もされた「華麗なるギャッツビー」をもとに作ったあのアルバムは、今回のメンバーでもある市原ひかりバンドの初録音作品でした。

市原「そうなんです! 実はあの時、『アルケミスト』をテーマにアルバムを作るか、それとも『華麗なるギャッツビー』にするか迷ったんですよ。結局、より多くの人に馴染みのある『華麗なるギャッツビー』を選びましたが、“Urim & Thummim”は今回のアルバムに収録するのがベスト・タイミングだったんだと今は感じています」

――そういえば、5枚目のアルバム『Move on』(2010年)では、村上春樹著「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の中に出て来る生き物の名前をタイトルにした“やみくろ”という曲もありました。ひかりさんは本にインスパイアされて曲を書くことも珍しくないようですね。

市原「私は本を読むのが大好きなんです。小学生の頃は年間、200冊読破を目標にしていたぐらい。今はそこまでではありませんが、それでも時間を見つけて何かしら読んでいます。最近ですと浅田次郎先生の作品にハマっています。浅田先生の文章は本当に素晴らしくて、それこそ曲を書きたくなるストーリー。問題なのは感情移入し過ぎて暫く引きずってしまうこと。悲しい内容だと何日も落ち込んでしまうので、最近は笑える系や歴史物語を読むことが多いですね」

――3曲目の“Just Fade Away”はダグラス・マッカーサーが退任演説で引用した〈老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die, they simply fade away)〉からネーミングしたのですか?

市原「後付けですけどね。いずれ使おうとキープしていたワードで、この曲にぴったりだと思い、タイトルにしました。ただ、随分前に作った曲なので、どういう気持ちで書いたか詳細は忘れてしまいましたけれど(笑)。“The Thinker”も曲の雰囲気からタイトル付けしています。実はこれ、考え過ぎてしまう私自身のことなんです(笑)。考え過ぎてウワ~っとなっている自分です。〈反復〉という意味の“Repetition”はタイトルからも解かる通り、コードが繰り返されている曲で、3年前ぐらい前に書いた、アルバムの中では割と最近の曲になります」

――因みに、ひかりさんはどういうタイミングで曲を書いていますか?

市原「ピアノの前に座ってコードを押さえていると自然と手が動き、メロディーが生まれ、いつの間にか曲が出来ているっていう感じです。但し、なんとなくピアノに向かうというのがポイントで、いざ、書こうと思うとこれがなかなか難しい。そう簡単に曲は降りて来てくれません。死に物狂いで書いているんですよ(笑)。ただ、以前4小節だけいきなり降りて来たことがありました。その部分だけずっと頭の中で鳴っていて、そうこうしているうちに誰か他の人が書いた4小節のような気がして来て、メンバーに〈この曲知っている?〉と確認しても、みんな、知らないと言うんです。そりゃそうですよね。で、譜面を整理している時に〈私のモチーフだ〉と思い出して、その後、1曲の形にしたことがあります。いずれ、歌詞を付けて発表したいと思っているんですよ」

――楽しみにしています!

 

私がやりたいのはチャールス・ロイド・バンドのような世界

――現在のバンドが誕生するきっかけはどのようなものだったのですか?

市原「実は、このバンドを組む前にチャールス・ロイド(1938年生まれのサックス奏者)のライブに行き、大感動したことがあったんですね。自分のペースでオリジナル曲を演奏しながらも若いメンバーを信頼し、好きにプレイさせているけれど、そうしながらも見事なまでに操っている。そこから生まれる自由さや緊張感に激しく心を揺さぶられて」

――元々、ロイドのファンだった?

市原「というより、サイド・ミュージシャンのジェイソン・モラン(ピアノ)やエリック・ハーランド(ドラムス)、ルーベン・ロジャース(ベース)が好きだったんです。でもその時はリーダーのロイドに圧倒された。メンバーも彼を心底リスぺクトしているのが解かりました。そういえば、移動中の飛行機内でロイドの楽器が壊れてしまったらしく、急遽、ブルーノート東京の従業員さんに借りたテナー(・サックス)で演奏していたんですね。それをMCで伝え〈楽器が違うので自分の思い通りにプレイが出来なかった〉と詫び、さらに〈サックスを貸してくれて助かった、ありがとう〉と言って、アンコールの最後の最後に1曲、ソロを吹いたんです。これがもう、素晴らしくてね、号泣しました。その時に、私がやりたいのはこういう世界だ、こういうバンドなんだと視界がクリアになった。同時にピアノの(宮川)純君、ベースの清水君、ドラムの横山君の顔が浮かんできたんです。それが市原ひかりバンドのはじまりです。コンセプトはリーダーである私がメンバーを信頼し、好きなようにやってもらうこと。もちろん、だからといって納得出来ないサウンドになるのは困りますが、この組み合わせだったら間違いない。今ではみんな、バンドを自分の居場所のように感じてくれているようですし、どうやら、私もリーダーの役目を少しは果たせているかなと思っています」

――アルバムを締めくくっている“Revive”についてもお話しください。

市原「東日本大震災後、ライブも減り、無力さを感じていたミュージシャンが多く、実際、あの直後は音楽が必要とされていない空気が充満していました。でも、私が出来ることは音楽しかないと思い、〈1日も早く日本が復活しますように〉という気持ちを込めて書いた曲です」

――その曲をコロナ禍で録音し、震災から10年後、しかも3月リリースのアルバムに収めたというのは何か特別な意味や導きを感じてしまいます。

 

演奏面の変化

――前作のヴォーカル・アルバムを経て、今回、再びインスト作品が誕生したわけですが、何か演奏面での変化をご自身で感じていますか?

市原「歌うようになってトランペットを吹くのが凄く楽になったんですよ。実は、ボイトレの先生に〈鼻から息が抜けているので声帯が震えていない〉と指摘され、鼻にクリップを付けて歌の練習をしていました。そうしたら、効果覿面! これはトランペットでも応用できるかもしれないと思い、楽器の練習時も鼻にクリップしてみたら凄く調子良く吹けるようになったんです。それと、力まずに楽器を演奏出来るようになったのも本格的に歌うようになってからですね。歌うこと、これが楽器演奏にとても良い影響を与えています」

――さて、コロナ禍になって約1年。色々と思うところがあったと思います。

市原「想像もしていなかったライブに追われない生活、というのは残念なことではありますが、逆にのんびり練習する時間が出来たお陰で音域が凄く広がりました。これはトランぺッターとして良かったことです。それと、去年の春からずっと馬の絵ばかりを描いていて(笑)。結局、絵も音楽も同じなんですよね。自分が表現し、それに触れた人が穏やかな気持ちになったり、ちょっとでもホッとしたりしてくれれば私はハッピーになれる。同時に、自分が自分のことを愛せなければ周りの人を幸せに出来ないと思っているので、まずは私が幸せになろう、好きなことをしようと実践しているんですよ。その手段が絵でも歌でもトランペットでも作曲でも構わない。これが自分の生きる方法であり、生きている意味だと思っています」

――誰かをハッピーにしたいと思いながら演奏し、絵を描いているんですね。

市原「クリスチャンの両親が付けてくれた〈ひかり〉という名前には〈みんなの光になって欲しい〉ではなく〈みんなの歩む道を照らす光になって欲しい〉という願いが込められています。私自身、その気持ちをしっかりと受け取って生きて来ましたし、その想いが年々、強くなっています」

――アルバム発売記念ライブはもう少し先になりそうだとか?

市原「本当は今すぐにでもツアーをやりたいのですが、みなさんが不安を感じないで会場に足を運べる状況になったら、メンバー全員で全国各地にお邪魔したいと思っています。昨年の春以降、たまにしかライブが出来なくなってしまいましたが、やはり、お客さまを前に演奏出来るのは格別ですし、単純に楽しいですから! いずれにしましても、アルバム『Anthem』を機にもう1回、地道に日々精進し、ミュージシャンとして二回り目を始めたいと思っています」