
“Velvet Motel”と“カナリア諸島にて”の陰りや深み
――次はA面2、3曲目の“Velvet Motel”と“カナリア諸島にて”です。
塩谷「この2曲は失恋ソングですね。最近は〈『A LONG VACATION』は音楽的にシティ・ポップではないのでは?〉という議論が盛んですが、僕は“Velvet Motel”はシティ・ポップとして聴けると思います」
田中「“Velvet Motel”にはラジさんが参加していますね」
塩谷「〈風景画ひとつ〉のところですね。僕、あそこが大好きなんです」
村越「『ロンバケ』はさわやかなイメージですが、“カナリア諸島にて”の歌詞はそれほどさわやかじゃない。むしろ、世捨て人の歌のようです」
――“君は天然色”も、実は〈モノクローム〉の世界ですから。
松本「〈色を点けてくれ〉という歌詞ですから、まだ色がついていないんですよね」
塩谷「“カナリア諸島にて”には諦念のムードを感じますね」
――ただ、そういった悲観的なところを意識しないで聴けるのが、『ロンバケ』のすごいところですよね。
田中「サウンドとメロディーがめちゃくちゃポピュラーじゃないですか。鼻歌で歌っていても、歌詞の暗さに気づかないのが不思議ですよね」
――いかにも〈マイナー調です!〉という悲しげな曲は、“さらばシベリア鉄道”しかありませんし。
村越「(歌詞カードを読みながら)“スピーチ・バルーン”も暗いなあ……。今回聴き直していて気づいたのは、ラヴ・ストーリーなんだけど心に傷を負っている曲が多いこと。〈天然色〉〈Velvet Motel〉〈カナリア諸島〉〈ピンボール〉〈バルーン〉と、字面だけを見るとポップでリゾート的なんですけど」
田中「サッドな感じですよね。マイケル・フランクス的というか」
――作詞を担当した松本隆さんは『A LONG VACATION』の制作前に妹さんを亡くしていらっしゃるので、歌詞には陰りがありますよね。表面的に聴き流していると明るいポップ・アルバムですが、歌詞を読むと陰りや重さを感じる。『ロンバケ』は洋楽のアルバムと同じような聴き方ができるというか。
田中「『ロンバケ』の文学性や深みは、松本さんの歌詞がもたらしていますよね」
シンセ・ドゥワップが楽しい“Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語”
――A面4曲目は“Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語”。
田中「これはツイスト?」
――イントロのピアノはラグタイムというか、ブギウギというか。ドラムのリズム・パターンには、ニューオーリンズのセカンド・ラインが入っているのではないでしょうか。
塩谷「そうですね。大滝さんの音楽の元ネタって、絶対に1つじゃないので(笑)。2つ以上は組み合わせているはず」
村越「作詞は、この曲だけ大滝さんご本人なんですね。〈言うことミーニングレス することシューチレス〉と、コミック・ソング的なフレーズが楽しいです」
田中「A面の4曲目とB面の4曲目(“FUN×4”)が『ロンバケ』以前の大滝さんっぽい曲、というアルバムの構成になっています」
松本「たしかに。でも“Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語”は、『ロンバケ』の雰囲気に合わせてロマンティックな歌詞ですね」
塩谷「“楽しい夜更かし”(75年)とは、そこがちがう(笑)」
村越「“楽しい夜更かし”は、ちょっと享楽的な歌詞ですから(笑)」
田中「“Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語”は、大滝さんがプロデュースしていたシャネルズ(ラッツ&スター)の音楽に近いですね」
塩谷「きっと大滝さん的には〈ドゥビドゥバ〉のコーラスをがっつり入れたかったのだと思いますが、シンセサイザーで弾いたドゥワップのフレーズを目立たせるためにやめたのでしょうね」
松本「松武秀樹さんが作ったというあの独特のシンセの音は、鍵盤を押してから出るまでに時間がかかるので、タイミングに遅れないように鍵盤奏者が先読みして弾いている、というすごいエピソードがありますね」
田中「いまや、PCがあれば打ち込みでできることですよね。当時の大滝さんは、人力の演奏でもPCで作業するような感覚で完璧に作り込んでいたのでは(笑)」