
ロンバケらしからぬ? “我が心のピンボール”
――“我が心のピンボール”。『ロンバケ』では、ちょっと異色のロック・ナンバーですね。
田中「ここでのヨーデル唱法は、『ロンバケ』の曲じゃなかったら笑っちゃうかも(笑)。『ロンバケ』の世界があってこその、このヴォーカルというか」
村越「変わった曲だなあ(笑)。初めて聴いたときは、歌の豹変っぷりに驚きました」
――ファースト・アルバム『大瀧詠一』(72年)の“恋の汽車ポッポ”や“いかすぜ! この恋”に通じる、50年代のロックンロール調ですね。
塩谷「ナッシュヴィルのロックを志向しているのだと思います。〈あのプレイヤーとあのプレイヤーが一緒に演奏したら〉と想像して作っているのでは。歌などは、基本的にはエルヴィス・プレスリーを意識しているのではないでしょうか」
村越「『ロンバケ』の世界からちょっとズレているようにも思えますが、でももし『ロンバケ』に“我が心のピンボール”がなかったらさびしいですよね」
田中「先ほどのアルバム構成の話に付け足すと、『ロンバケ』らしい曲は両面の最初の3曲で、『ロンバケ』と聞いて思い浮かべるのはその6曲なんですよ」
村越「なるほど! たしかに、ジャケットのイメージどおりなのはその6曲ですね。もし6曲だけだったら、かなりすごいアルバムに……なるのでしょうか? いや、やっぱり物足りないんでしょうかね?」
――僕は、6曲だけだったらさびしいと思います。こういう遊び心こそが大滝さんらしさだと思うので。
松本「僕は、“我が心のピンボール”も『ロンバケ』らしい夏っぽい曲だと思いますよ。ビールのCMソングだったとしても不思議ではないですし」
メロウな“雨のウェンズデイ”とフォーク風の“スピーチ・バルーン”
――では、B面1曲目の“雨のウェンズデイ”を1LP盤で聴いてみましょう。靄がかかっていないような、透き通ったサウンドですね!
田中「綺麗な音ですね。『ロンバケ』、特に“雨のウェンズデイ”にはこの1LPの軽さが合いますね。メロウな“雨のウェンズデイ”は、『ロンバケ』で唯一シティ・ポップと呼べる曲かもしれない。
あとこの曲では、歌詞の〈ワーゲン〉の〈ー(長音)〉を歌わないで、〈ワゲン〉と歌っているじゃないですか。このアルバムでは、〈ー〉や〈っ〉を省略して歌っているところがすごくおもしろいと思います」
塩谷「大滝さんが、松本さんの歌詞を楽曲のメロディーの譜割りに当てはめるためにそうやっているのでしょうね」
――45回転盤でも聴いてみましょう。音圧と低音の出がぜんぜんちがいますね。エコーが深く広がっていくようで、音像に奥行きを感じます。
村越「音のふくよかさがぜんぜんちがいますね。ああ、細野晴臣さんのベースだなあ」
塩谷「45回転盤で聴くと、R&Bに聴こえますね」
――B面2曲目の“スピーチ・バルーン”は、ピーター・ポール&マリー“Puff, The Magic Dragon”(63年)をほうふつとさせるノスタルジックなメロディーが印象的です。
田中「春先に合う、カレッジ・フォークっぽい曲ですよね。
今回のリイシューでは、CDのディスク2がとてもおもしろいので、ぜひおすすめしたいです。ディスク2は『Road to A LONG VACATION』という『ロンバケ』に至るまでの過程を大滝さんがDJで解説する盤で、“スピーチ・バルーン”のデモ版を聴けるのですが、デモだとシンプルなフォーク・ソングなんですよ」
――もともとは声優グループ、スラップスティックへの提供曲“デッキ・チェア”(80年)なんですよね。
田中「そうそう。でもその曲が、この『ロンバケ』のオケをバックにして大滝さんが歌うとポップスになるんです。魔法のようですよね」