自分なりの反発が形になった作品

 バウンス・ビートとオルタナティヴ・ロックが交錯する“恋はみずいろ”やサイケデリックなフォーク・ナンバー“ソングフォージエイリアン”など、ジャンルから積極的に逸脱する自由奔放さと風刺を意味する〈カリカチュア〉を極めたリリックが一体となったアルバム前半から、外との繋がりを求め、よりエモーショナルな広がりを見せるアルバム後半へ。メロウなグルーヴが無常観と寄り添う“心が壊れそう”やささくれ立ったギター・サウンドと共に本当に信じられるものを追い求める“Momのデイキャッチ”、影に抗って歩みを進める“泣けない人には優しくない世界”など、ソングライターとしてのMomの表現世界が聴き手に語りかけるように響く。

 「ローファイからハイファイに移行した前作に対して、今回は曲を書いていくなかで、精神的なところから自然と生まれてくる音を意識したというか。言い方を変えれば、手法を意識しないサウンドですよね。自分自身、新しく出てきた音楽をまったくチェックしてなかったわけではないんですけど、あまり響くものが感じられなくて。それは今回のアルバムのスタンス、歴史の話にも関係してくるんですけど、どれだけセンセーショナルなサウンドであったとしても、数年経てば普遍的な歌になるじゃないですか。だから、僕はフランク・オーシャンであっても、キッド・カディやエリオット・スミス、ナイン・インチ・ネイルズであってもシンプルに〈歌もの〉だと思って聴いているし、わかりやすい例を挙げるなら、ナイン・インチ・ネイルズの“Hurt”をカントリー・シンガーのジョニー・キャッシュが取り上げた名カヴァーにシンパシーを覚えるんですよ。インダストリル・ミュージックとしての原曲アレンジはトレント・レズナーそのものというか、そのアレンジに彼の野心があると思うんですけど、そういうものを取っ払ったジョニー・キャッシュのカヴァーが根源的な歌の力を改めて実感させてくれた。今はやろうと思えば器用に何でもできる時代だし、アレンジによって世の中に迎合する流れがより強まっているからこそ、自分が音楽において信じられるものを再確認したかったんです」。

 あらゆる物事が単純化され、記号化される高度な情報化社会において、音楽だけでなく、人間の感情さえもわかりやすく類型化、フォーマット化されつつあるが、その波に抗うように放たれる19曲には、ヒップホップやフォーク・ミュージックのカウンターなスピリットが宿っている。

 「音楽がどんどんインスタントに生まれ、消費される傾向が強まっていくなかで、アートワークもぱっと見で、どんな音楽かわかるようなものになってるじゃないですか。だからこそ、今回のアートワークは記号的なものからはみ出して、不思議な感覚や違和感をふわっと喚起するものがいいなって。笑っているのか悲しんでいるのかよくわからないものや相反するものが共存する瞬間は日常にも普通にあると思うんですけど、僕はそういう音楽が大好きだし、この作品では、明確な答えがないことも含め、簡単には割り切れない人間の感情が伝わるといいなって。そういうパーソナルな感情を剥き出しにしつつ、とはいえ外に向けた作品を作ろうという意識は強くあって、自分なりに伝え方をコントロールして、爽やかな終わり方になっていると思います。〈自分〉という存在を通して描く真実味のある物語や〈19曲〉という曲数も含めて、今回のアルバムには自分にとってのヒップホップやヒップホップのミックステープ的な密度で編んだポップ・ミュージックが詰まっていますし、昨今のインスタントな風潮に対する自分なりの反発が形になった作品なんだと思いますね」。

左から、ジョニー・キャッシュの2002年作『American IV: The Man Comes Around』(American/Lost Highway)、ナイン・インチ・ネイルズの94年作『The Downward Spiral』(Nothing/Interscope)