繰り返された、ありがちなフールな試み――UA/NKの距離
実は私は、UAと菊地成孔の初演を見ている。ジャズの歌唱というものが難しいところは、器楽的で複雑なメロディとリズムを形だけ追えれば、〈歌えました!〉になってしまう点。しかし、それを実際にステージでプレイヤー達と合わせた瞬間に、それが実は〈歌えていない〉ことが即座に判明してしまうのだ。なぜならば、ジャズの器楽ブレイヤーたちは、まずはその楽器の音を出すことから初めて、コードを覚え、インプロビゼーションのコツを取得し、ジャズという〈語法〉の中でいかに自由にいられて、個性を出すかに多大な時間とコストをかけているのに対して、そのあたりをはしょることができる歌手は、どうしてもインスト連中と同等の集中力と存在感を出すことが出来ないのだ。(プレイヤー達に歌の伴奏、という縛りをかければ別ですが)
でもって、最初のステージのUAは、たしかに善戦していたが、まだちょっとその域。しかしながら、それからあんまり時を待たずして観た、第二回目のプレイでは別人だった。UA様は完全に、ジャズを乗りこなしていらっしゃったのである。菊地成孔が作る濃密なジャズの空気の中で率先して自由。八代亜紀がジャズを歌った時もそうだったが、歌という誰でも歌える苦労無しの〈楽器〉のプロになるには、そういう立ち位置が取れるかどうかの筋力にかかっていると思う。
さて、先の四月にオーチャードホールで行われたライヴを収録した本作は、のっけからUA作のアイヌや沖縄やピグミーの〈捧げ物の歌〉を彷彿するような一曲目“Amaiyu”から始まり、まるで映画のカメラが草原からパンして、虎ノ門ヒルズは「アンダース」のルーフトップでさっきからひとりでケータイをいじっている、人待ち顔の女の心の中に進入してくるのだからたまらない。〈何回しくじれば気がすむのかな 素敵な笑顔ほど 悪い知らせなんでしょ?〉というポール・ウィリアムス作の“Ordinary fool”の倦怠は、先ほどの呪術的な彼女の歌声と一気通貫だけに、超カッコいい。
その流れに続く三曲目は、言わずと知れたスタンダード“Born to be blue”。作曲者で自らこれを歌ったメル・トーメのそれが、ストリングスやミュートトランペット、そして彼の声によって、濃厚に芝居じみたロマンチックさを立ち上らせるのとは反対に、彼らの演奏は曲の持つ絶望感の骨格をむき出しにしている。この感じは、菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラールの最新作『戦前と戦後』に収録されている、フランク・オーシャンの“スーパー・リッチ・キッズ”と同様の強烈な〈甘さと痛さ〉の共存で、これははっきり言って、彼の表現全てに存在する一大センスオブワンダー。ここまでの流れは聴き所のひとつだろう。続く“チェニジアの夜”は、必ず演奏される彼らの十八番で、前述したUAがさっさと獲得してしまったジャズの〈語法〉と自由さが堪能できるが、ここで改めて気がつくのが、UAは決して、パワフル系シンガーではない、ということだ。彼女の強いルックスの個性から、そう思わされてしまっているが、ライオンの咆吼というよりも、南国の珍しい鳥の鳴き声、〈俺節〉の慟哭よりも、少女のような〈人間離れした軽さと小ささ〉が、ジャズを歌うときの彼女の魅力なのだと初めて気がついた。
ラップと現代詩朗読のマリアージュのような幽玄の世界である“Music on the planet where dawn never breaks”、前述した彼女の〈少女っぽさ〉が儚い“Over the rainbow”、また、その世界をさらに推し進めて、彼女の声に賛美歌風のメロディをぶつけた“Hymn of Lambarene”も凄い。UAがあまり得意でないはずの高音を裏声づかいとともに歌わせて、まるでカストラートのような〈聖なる妖しさ〉を出すことに成功している。タバコもお砂糖もポルノもお薬も夜更かしもダメなこの街(まあ、東京でしょう)でどうやって恋をすればいいの?という“This city is too jazzy to be in love”は、アルバム『戦前と戦後』収録の同名曲に込められたSNS中毒の恋人に対しての慰めと同様、皮肉でしゃれた菊地流の現代世相批判でしょう。
ちなみに、全編にわたって菊地が英語の歌詞に対訳を付けていて、その訳詞も絶妙。洋楽と一緒でバイリンガルでも無い限り、私たちはジャズの歌唱を器楽的に聴いてしまうが、これは意味がわかった方が絶対にいい世界。“Ordinary fool”の〈単なるバカ〉に続く、バカの連呼は字面を見てとてつもなく趣が深い。そう、このアルバムはすでに詩集でもあったのです。
LIVE INFORMATION
13th TOKYO JAZZ FESTIVAL
2014年9月7日(土)東京国際フォーラム ホールA
開演:18:00
開演/終演:16:30/17:30
出演:菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
スペシャルゲスト:UA
http://www.kikuchinaruyoshi.net/