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デュオで演るときは〈土台作り〉を大切にしている

――『Air』の選曲は、どのように決めたのでしょうか。

広瀬「ツアーにはオリジナル2曲(“Sunlight”と“Air”)と、“Spartacus Love Theme”のアレンジを持っていきました。それ以外の曲は、ツアー中にいろいろ試してみて、〈これは面白いな〉〈レコーディングでもやってみようか〉と思った曲を集めたという感じです」

『Air』トレーラー映像
 

――オープニングは、スタンダードナンバーの“Embraceable You”です。いきなり無伴奏のトランペットから始まります。たとえばチャーリー・パーカーのバージョンだとデューク・ジョーダンのピアノが絶妙なイントロをつけているし、クリフォード・ブラウンのバージョンだとリッチー・パウエルのピアノがイントロを奏でて、途中からウィズ・ストリングスがそっと入ってくる。そうした演奏を聴いてきたので、〈おっ、出だしはトランペットのアカペラか〉とハッとさせられました。

片倉「ありがとうございます。でも、実はレコーディングのテイクがたまたまそうなっただけなんです。実際ツアーではピアノから始めたこともあったし。あのとき彼が〈僕から始めるので、入りたい時に入ってください〉って言ったからそうしただけ。どこでピアノが入るか、事前になにも決めずにスタートしたんです」

広瀬「いろんなアイデアを試した方が絶対にいいと思うんですよ。“Embraceable You”だから、過去のいろんなミュージシャンが演奏してきたアプローチを踏まえてこんな感じで……と始めると、そこで制限がかかっちゃう。あくまで自由にやるのが僕は好きなんです」

片倉「私の場合、デュオで演奏するときに大切にしているのは、〈土台作り〉みたいなこと。ベースやドラムがいないから、やっぱりちゃんとした土台を作らないといけない。デュオの場合、ソリストに反応するということ以上にやるべきことがあると思っているんです。

そもそもリズムセクションってそういうものですよね? 実際、昔のマイルス・デイヴィス・クインテットのリズムセクションだったレッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)は、フロントの人に反応しているというよりは、リズミカルに、分厚い土台を作っています」

広瀬「相手に反応することにすべてをかけると、音楽が少しチープに聴こえてしまうこともあるけれど、真由子さんは決してそうならない。それに、何と言ってもメチャクチャ吹きやすいんです。土台をバシッと作りながら、僕が行こうとしている方向を一緒に見てくれるから」

広瀬未来の2020年作『The Golden Mask』収録曲“The Golden Mask”。ピアノは片倉真由子
 

片倉「できるだけソリストと呼吸を合わせて演奏するようにしています。私はピアニストのなかではブレスが深いほうじゃないかな」

広瀬「真由子さんのフレーズは、ちゃんと息を吐ききるところで終わるんですよ。ほんまは息いらんはずのピアノなのに、真由子さんの演奏はちゃんと〈呼吸している感じ〉がする」

片倉「管楽器から大きな影響を受けているからかもしれません。実は普段から、ピアニストよりリー・モーガンとかジョー・ヘンダーソンとかソニー・ロリンズのような管楽器奏者をよく聴いているんです。あのふくよかに歌う感じをどうやったらピアノで出せるんだろう?って考えながら」

広瀬「どういうわけか、真由子さんと演奏するときは、デュオということを強く意識しなくても済むんですよね。演奏中は、ただ一緒に演奏している、っていう感じがあるだけで、編成のことは一切考えなくていい。それもまた彼女の大きな魅力の一つだと思います」

片倉「私も特にデュオで演っているという感じはしません。なんの制限もないんですよね、広瀬君と演奏すると。なぜそういう感じになるかは、その人の醸し出す雰囲気や音楽性によるものなのかもしれないけれど……よくわからないな」

広瀬「音楽をやるうえで、なるべく自分にリミットをかけたくないし、人にもリミットをかけたくない。〈こう演奏すればきっと楽しい〉と思うことをお互いが思うままにやって、それがそのまま成立する、っていうのが一番良いですよね」

 

ジャズの核心をついている広瀬未来のオリジナル曲

――60年代の人気ナンバーである“Spartacus Love Theme”も、新鮮に生まれ変わっています。

広瀬「僕がこの曲を知ったきっかけは、Nujabesの“The Final View”です。あるときクラブに行ったらそれが流れていて、〈あぁ、ええな〉って。そのうちに〈ジャズの曲なんや、ユセフ・ラティーフのオーボエをサンプリングしていたんだ〉と知りました。

アルバムには映画音楽から1曲入れたいと考えていたので、やったんです。これに限らず今回の選曲は、基本的に僕が担当しました。“Body And Soul”をワルツにしたのも、僕のアイデアです。ワルツでやったらもっと面白いかも、と思って」

Nujabesの2003年作『Metaphorical Music』収録曲“The Final View”。ユセフ・ラティーフ“Spartacus Love Theme”をサンプリングしている
 

――広瀬さんは“Sunlight”、“Air”、“Blues for TARO”と3つのオリジナル曲も提供していますね。

広瀬「初めて言うけど、“Sunlight”って、実は平野さんに捧げた曲なんです。平野さんって、いつ会ってもカーッて太陽が光や熱を放射しているみたいな感じじゃないですか(笑)。だから、“Sunlight”。“Air”はピアノの響きに包まれるイメージで書きました。こういう曲想で作曲したのは初めてです。今回はデュオを念頭において曲を書いたので、『The Golden Mask』のときのオリジナルとはずいぶん感じが違っているんじゃないかと思います。“Blues for TARO”は、なんとなく曲想だけを思い浮かべて現場に来て、あとは本番で完成させたという感じです。遊び心を楽しんでいただけたら嬉しいです」

片倉「彼の曲はジャズの核心をついているというか、おしゃれなんだけれど本質が見失われていない感じがします。メロディーもハーモニーのセンスも。今回のレコーディングでもそうでしたけど、クインテットで演奏するときも毎回、〈良い曲を持ってきたな〉と思います」