
音楽シーンに数々の歴史を作ってきた史上最高のディーヴァが贈る、22年ぶりのオリジナル・アルバム――ポジティヴな愛と感謝のメッセージを、いまあなたに
日々は授かり物
21世紀最初のアルバムとしてカヴァー主体の前作『I Love You』が出たのは15年前。さらにその前作にあたるオリジナル曲主体の『Every Day Is A New Day』が出たのは22年前だ。どちらで勘定しても構わないが、いずれにせよ超久しぶりの新作がダイアナ・ロスから届いた。2歳違いのほぼ同世代にあたるアレサ・フランクリンが今世紀に入ってからもコンスタントに作品を重ねていたことを思えば、あるいは同じく2歳違いのバーブラ・ストライサンドのさらに精力的な活動と比べれば、ことレコーディングという部分においては相当なブランクがある。もちろん、〈世界でもっとも成功した女性アーティスト〉としてギネス認定を受けたこともあるダイアナにはもはやエンターテイナーとして何かを証明する必要もないわけだが、そのニュー・アルバム『Thank You』における魅力の健在ぶりにはやはり嬉しいものがあった。

娘のトレイシー・エリス・ロスが映画「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」で母親に寄せた〈往年のスター歌手〉を演じた2020年は、ダイアナのソロ・デビューからちょうど50年、そして2021年はシュープリームスのモータウン・デビューから60年という節目でもある。そんな今年の2月にはグループの同僚だったメアリー・ウィルソンの訃報も届き、ダイアナは〈日々が授かり物だということを思い出した〉と追悼のツイートをしていたが、その件がニュー・アルバムに及ぼした影響はあるのだろうか。『Thank You』というタイトルは文字通りの意味であり、今回のアルバムは世界中へ愛と感謝を届けるためのポジティヴな内容に仕上がっている。
6月に配信された先行シングル“Thank You”はトロイ・ミラーがプロデュースにあたり、仄かな哀愁味を湛えつつモータウン時代のポップネスを久しぶりに蘇らせたような名曲だった。エイミー・ワインハウスとの縁で知られたトロイ・ミラーは、近年もローラ・マヴーラやカイリー・ミノーグ、グレゴリー・ポーター、エミリー・サンデーらを手掛ける、ミュージシャンシップに溢れたUK屈指のプロデューサー。続く配信曲“If The World Just Danced”はシェール風(?)のダンス・ポップで、こちらはフィラデルフィアのアリ・プロール&アンドレ・ピンクニーを中心にした新進ユニットのトライアングル・パークが手掛けている。彼らは個人やチームでH.E.R.やスノー・アレグラ、ロビン・シック、ビービー・レクサ、ティヤナ・テイラーらを手掛けているミュージシャン集団だ。さらに3つ目の先行曲“I Still Believe”はかねてから共演が明かされていたジャック・アントノフがプロデュース。こちらはウェットでノスタルジックなメロディーを備えたイナタさがクセになるディスコ風味のナンバーとなっている(アニー・クラーク名義でギターを弾いているのはセイント・ヴィンセントだ)。
愛こそ道を切り拓く
そうした前置きを踏まえて中身が明かされた『Thank You』は、メインのプロデュースをトロイ・ミラーが担当し、スロウ~ミディアムを中心にソウル寄りからポピュラー系までダイアナのさまざまな側面にスポットを当てている。彼女自身と娘のロンダ・ロス(ベリー・ゴーディJrと間に授かった長女)らが共作した“All Is Well”は穏やかなスロウで、キーヨン・ハロルドのトランペットをフィーチャーした“Just In Case”はトロイのピアノとオーケストラをバックにしたシンプルでゴージャスなジャズ・バラード。さらにサイーダ・ギャレット(マイケル・ジャクソン仕事でお馴染み)が名匠バリー・イーストモンドと共作して歌っていた“The Answer’s Always Love”は、ブラック・コンテンポラリー的な美しいMORバラードとダイアナらしい品格が流石の好相性だ。また娘のロンダの書いた粋なスロウ“Count On Me”はロンダ・ロスの夫でもあるジャズ・ピアニストのロドニー・ケンドリックがトロイと共同プロデュースにあたっていて、言うなれば縁故採用でもありつつ当然ながらダイアナの歌世界にはハマっている。ちなみに、先述の“All Is Well”やベタベタの哀愁バラード“Beautiful Love”などを共作したフレッド・ホワイトは前作『I Love You』にも“I Love You (That’s All That Really Matters)”を提供していた身近なヴォーカリストだ。
そんなトロイ仕切りの楽曲たちと並んで、トライアングル・パークはより現行R&B~ポップ寄りなスタイルで助力。抑制の効いたスロウ“In Your Heart”があったり、レトロな響きのホーンと性急なビートで牽引する“Tomorrow”はセレステあたりがやりそうなアップ・チューンだったり、チャレンジングな作りになっていて、こちらの仕上がりにも注目したい。
なお、久々のアルバムを仕上げてダイアナ自身はこのようにコメントを寄せている。
「今回の曲たちは、私からあなたへ感謝と愛を込めた贈り物です。この素晴らしい音楽をこの時期に録音できて、とても嬉しかった。愛についてのこのアルバムをすべてのリスナーに捧げたい。私の声を聴くと、私の心が〈愛こそ道を切り拓く〉と言っているのが聴こえると思います」。
そのようにダイアナが『Thank You』に込めた喜びや感謝の念は、そのまま彼女自身に返したいものでもある。トロイ・ミラーと彼女の共同プロデュースによるアルバムのラスト曲“Come Together”のポジティヴな昂揚感に触れれば、きっとそういう気分になるという人も多いはずだ。
左から、ブリーチャーズの2021年作『Take The Sadness Out Of Saturday Night』(RCA)、セイント・ヴィンセントの2021年作『Daddy's Home』(Loma Vista)、スノー・アレグラの2021年作『Temporary Highs In The Violet Skies』(ARTium)、ビービー・レクサの2018年作『Expectations』(Warner)、ロドニー・ケンドリックの2014年作『The Colors Of Rhythm』(Impulse!)
トロイ・ミラーの手掛けた近作。
左から、ローラ・マヴーラの2021年作『Pink Noise』(Atlantic UK)、グレゴリー・ポーターの2020年作『All Rise』(Blue Note)、カイリー・ミノーグの2020年作『Disco』(BMG)
『Thank You』の前に聴いておきたい最近(?)のダイアナ

ジェイムズ・アンソニー・カーマイケルやスティーヴィー・ワンダーが制作し、MOR路線からダンス系までを親しみやすくまとめた一作。フレッド・ホワイトはこの頃からコーラスに参加していた。90年代以降の日本における代表曲“If We Hold On Together”も収録。

モータウンでの最終作となった前オリジナル作。当時のR&Bを無理なくナチュラルに取り込んだコンテンポラリーな作りで、ダイアン・ウォーレンや大御所のアリフ・マーディンを起用するアダルト路線の一方で新進のマリック・ペンドルトンも大抜擢するバランスが光る。

DIANA ROSS 『I Love You』 Angel/Manhattan/Parlophone(2006)
ピーター・アッシャーらが手掛けたカヴァー主体の一枚。ベリー・ゴーディJr作“To Be Loved”から弟Tボーイ・ロスの“I Want You”まで、歴史の重みを窺わせる選曲が光る。オリジナル曲“I Love You (That’s All That Really Matters)”はフレッド・ホワイトの作。

DIANA ROSS 『Wonderful Christmas Time』 Diamond Diana/UMe(2018)
ダイアナのクリスマス作品!と思いきやニック・マルティネリの手掛けた94年の『A Very Special Season』と、同年にロンドン交響楽団と録音した『Making Spirits Bright』収録曲をコンパイルしたものだった。ポールやジョン、スティーヴィーのカヴァーも上質な風情。

DIANA ROSS 『Supertonic: Mixes』 Motown/UMe/ユニバーサル(2020)
ソロ・デビュー50周年という節目で届いた企画盤。“The Boss”から“Love Hangover”“Upside Down”まで記録破りな70~80年代のダンス・クラシックを重鎮エリック・カッパーが本作のためにリミックスしている。ソウルフルなディスコ~ガラージが楽しめる好盤。

これは番外編。ダイアナの娘である俳優のトレイシー・エリス・ロスが〈往年のスター歌手〉を演じた映画「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」のサントラ。音楽の道を選ばなかった彼女が母親っぽい役柄に扮して初披露した歌声はなかなかのもので興味深い。