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フィクションとして日常を作品化する

 黄昏、薄明、薄暮、夜明け前や夕暮れの薄明るい空……といった意味も持つcrepuscular(クリパスキュラー)。アルバムはそのタイトル通り、今風のサイケデリックとでも言えそうな〈薄ぼんやり〉とした画を浮かばせる音像で、その向こう側から、普通ではなかった日常からインスパイアされたリリック、穏やかでコク深いメロウネスが、響き渡る。

 「サイケな曲を書こうといった狙いはありませんでした。ただ、空間的なおもしろさが提供できるといいなと思っていて。リヴァーブ感とか、あるいはすごくデッドな音だったりとか、自分の好きな感じのポップスを書こうと思いつつ、そこにそういったソフトな、現代的なサイケな感じを塗れたらいいなというところから曲作りは始まりました。まず、“再会”は収録することになっていて、“爆ぜる心臓”は映画『鳩の撃退法』のために書いたのでテイストが特殊ですけど、評判もよかったので収録しようと。ということで、サウンドの幅がある“再会”と“爆ぜる心臓”、この2曲を繋ぐものを配していこうと考えました」。

 そのようにKIRINJIとして例のない流れで制作が進められた『crepuscular』は、全9曲というコンパクトさ(いや、むしろちょうどよい)も相まってか、曲の寄せ集めではなく、曲の置きどころにも大きな意味を持つ、かの時代の〈アルバム〉っぽい芸術性を感じさせてくれる。

 「歌詞も、この2年はコロナのことばっかりだったから、それに影響されたものをやるしかない……でも、そのまんまじゃなく、フィクションとして日常を作品化していかないとダメだと。歌詞はそうやって詰めていって、サウンドのほうは先ほど言ったような感じで決めていきましたが、やはり穏やかな曲が多くなりましたね。音数の少ない曲も多いので、一個一個の音をしっかり太く聴かせられてると思いますし、それもあってヴォーカルの表情とかリヴァーブとかディレイのかかり具合とか、それがわかりやすく伝わってくるんじゃないかと思います」。