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カンと坂本慎太郎の音楽遍歴

――20代前半、カンにハマっていたころ、ほかにはどういう音楽を聴かれていましたか。

「サイケやプログレばかりでした」

――13thフロア・エレベーターズみたいな?

「そこからはじまり、もっとマイナーなモダーン・ミュージックに売っているようなヤツとかB級プログレサイケみたいなヤツとか、ハードロックとサイケとプログレの中間みたいなヤツとか、マイナーなヤツを聴いていたんですけど、20代後半で60年代のガレージパンクにハマって、プログレとサイケのレコードを全部売ったんですよ」

※編集部注 東京・明大前にあった、サイケデリックロックや現代音楽、実験音楽などを扱っていたレコードショップ。レーベル〈P.S.F. Records〉の運営や雑誌「G-Modern」の刊行もおこなっていた。2017年に創業者の生悦住英夫が逝去

――過去を否定しなくてもいいじゃないですか。

「ガレージパンクのレコードを買う金がないから。売った金で全部ガレージを買ったんです。そうするとサイケとプログレがほんとうにつまらない音楽に感じちゃったんですけど、カンはガレージの脳になっているときも聴けるんですよ。ビーフハートとかヴェルヴェッツもね」

――わかります。

「ですから初期から一貫してカンとスライとヴェルヴェッツは嫌いになったことないです」

――ガレージの次はなにかに鞍替えしましたか。

「フラットロック、ガレージとロックンロールの中間な感じの音楽ですが、そこからロカビリーを聴き出して、ガールズコーラスグループと並行してソフトロックを聴いていた時期があります。それでソフトロックから甘茶ソウルにいったんですよ。コーラスグループがありましたから。さらに甘茶ソウルからディスコ(キッパリ)」

――坂本さんのトロイカ体制だと、ガールズコーラスグループから甘茶ソウルの段階でカンとキャプテン・ビーフハートは篩いにかけられる気がしますね。

「たしかにその時期はあまり聴いていなかったかも」

――スライは全部に通底していますね。ガールズコーラス的なのものありますから。

「そうですよね」

――ディスコが現在地ですか?

「ディスコ期はけっこう長くて、10年ぐらいありましたけど、いまはバランスよくやっています」

――なんですかその穏当な答弁は(笑)。

「それしか聴かないという時期ではないということです」

――坂本さんには、〈ハマっている音楽があるから自分の音楽をつくる〉という側面がある気もしますけどね。

「ある程度量を聴かないと見えてこないものってあるじゃないですか。ガレージのレコードを1枚聴いたところでなんの意味もないわけで」

――おっしゃるとおりです。

「とにかく〈一山いくら〉じゃないけど、とりあえず量を聴く段階があるんですよ、ディスコもコーラスグループも甘茶ソウルもそうじゃないですか」

――厳しい世界ですね(笑)。コーラスグループを一山聴くのはたいへんですよね。

「だからって極めているというわけじゃないですよ。それぞれに専門家がいて、彼らの足元にもおよばないんだけど、一定量以上聴かないと見えてこない世界がある気がするんです」

――コンピレーション1枚でなにかがわかるとは思えませんものね。

「逆にいまサブスクでなんでも聴けるようになったからどうなんだろうという気もしますけどね」

――とはいえ聴くには時間がかかりますから対象が無際限だと問いそのものがなりたたない。それもあって一山という物理量が意味をもつと、私は確信をもってもうしあげますよ。

「だんだん見えてくるものがありますよね。カンのように、こういうものという前提があって、やっているひとも顔も見えればいいですけど、コーラスグループやガレージバンドでシングルしかなかったりすると顔もわからないし、言ってしまえば全部同じ曲じゃないですか」

――形式ですものね。

「そう、いろんなバンドが同じスタイルでやっているから1曲聴いてもしょうがない」

 

ボーカルとドラムの絡み合いが生む化学反応

――とりあえず坂本さんのおすすめは『Delay 1968』だということですね。

「あと『Ege Bamyasi』もいいですよね。楽曲主体でボーカルが入っているカンが好きなんでしょうね」

――『Delay 1968』は今回の再発では代表作につぐ売れゆきだったそうですよ。

この前出たカンの本(『カン大全――永遠の未来派』)を読んでいて、スタジオにマルコム・ムーニーがはじめて来て急に歌い出したとき、ムーニーのボーカルとヤキのドラムで化学反応が起きてカンの原型ができたとありました。それが『Delay 1968』の、ボーカルとドラムが絡み合っている感じだと思うんです」

――マルコム・ムーニーみたいなひとが即興的になにかを行為することで化学反応が生まれ、それが音楽の推進力になったのだと思うんですが、イルミンやホルガーをはじめとしたカンの中核の4人はそれを外部から呼びよせようとしていたと思うんですね。ダモさんしかり。

「異物感のあるひとを連れてきて化学反応を起こさせる、意識的にやっていますもんね」

――方法論の勝利でもあったと思うんです。

「ドイツ人たちのなかにひとり黒人(マルコム・ムーニー)が入っているのもかっこいいですものね。日本人もそうだけど」

――インパクトがありますものね。

「『Ege Bamyasi』の裏ジャケは衝撃でしたもん。奥のほうにジャグリングしているおじさんがいるのもいちいちかっこいい(笑)」

――こういうのを見ると妄想が膨らむんですよ(笑)。

「それに昔だと動いているカンって『Beat-Club』(65~72年に放送されたドイツの音楽番組)のあの映像でしか観られなくって、バンドのメンバーとみんなで何回も観ました。そういうのが重要じゃないですか。ふつうのひとじゃないんだけど、ロックスターともちがう異様な感じ」

71年の「Beat-Club」でのパフォーマンス映像。演奏しているのは71年作『Tago Mago』収録曲“Paperhouse”