陰キャ界のカリスマ?
――コルトレーンというとどうしても後期の話になりがちですが、今回のドキュメンタリー映画「チェイシング・トレーン」では、彼の生い立ちやキャリアの初期のこともきちんと描かれているんですよね。
MELRAW「けっこう苦労人なんですよね。マイルスのバンドに入ったけどクビになって、(セロニアス・)モンクに拾われて、それからまたマイルス・バンドに復帰して、という。そして、彼自身のオリジナルな音楽を見出して、アフリカに回帰したり、インド哲学にハマったり……。
レジェンドの逸話だから本当かどうかはわからないけど、コルトレーンってめちゃくちゃ練習する人で、演奏中、他人がソロを吹いている間に外に行って練習して、他の人のソロが終わったら戻ってくるって聞いたことがある(笑)」
江﨑「すごい(笑)」
――練習熱心な姿は映画でも描かれていました。
MELRAW「言い方は悪いけど、たぶん肝っ玉がちっちゃいんだと思う(笑)。劣等感を抱えていただろうタイプだから、練習熱心だったんでしょうね」
――苦労人だからこそ、なんでしょうね。
江﨑「僕は、抑圧された世界のなかで、内に秘めたワンダーランドを持っているタイプだと思います。漫画家や映画監督のように、自分の内面に別の世界を持っているタイプですね。あまり多くの人とは関わらないんだけど、作品のなかには彼の想像や空想の世界が広がっている、という」
――たしかに、そういう個性の持ち主だと思います。『A Love Supreme』はきわめて宗教的な作品で、アルバムには彼が書いた、神を讃える詩が載っているんです。でも、そういう彼が見ている世界についていけない、という人もきっといると思います。
MELRAW「たぶん、拠り所が絶対に必要なタイプなんだと思うんですよね。神とか自分のルーツであるアフリカとか、最後はインド哲学に行き着きますし。パーカーやキャノンボール(・アダレイ)に比べると……」
江﨑「彼らはきっと陽キャですよね(笑)。それに比べて、言葉は悪いですが、コルトレーンには〈陰キャ界のカリスマ〉というイメージがあります」
MELRAW「同じテナー吹きでも、(ソニー・)ロリンズと比べると、〈太陽と月〉〈日向と日影〉というような正反対のイメージがありますよね」
作曲家コルトレーンの革新性
――そんなコルトレーンは、さきほどMELRAWさんがおっしゃったように、当然現代の演奏家たちにも影響を与えていると思うんです。WONKのメンバーや周りのプレイヤーたちと、コルトレーンの話ってしますか?
江﨑「オリジナル曲のおもしろさについてはよく話しますね。“Giant Steps”に代表される〈コルトレーン・チェンジ※〉って、一種の発明じゃないですか。ツー・ファイブのような機能和声的な進行じゃなくて、平行移動でも音楽的に成立する、という文脈を作ってくれたイノベーターだと思います。たぶん、当時の和声学では表現できていなかった美しさが、彼には聴こえていたんでしょうね」
MELRAW「そうそう。コルトレーンが研究していた、魔法陣みたいな五度圏表があるじゃないですか。あれ、すごいよね(笑)」
――コルトレーン・チェンジといえば、“Giant Steps”などの曲は、とにかく演奏が難しいと聞きます。
江﨑「ジャズ研では、“Giant Steps”や“Moment’s Notice”は定番の課題曲でした」
MELRAW「おもしろいのが、(パット・)メセニーがボサノバ風に弾いた“Giant Steps”はすごく綺麗なんですよね。“Giant Steps”はキーチェンジが速いから演奏は難しいんだけど、ただ奇をてらっただけの曲ではなくて、根底に歌心や音楽的な響きのよさがあるんです。そこが、またすごい。“Giant Steps”はただの変態的な曲じゃなくて、普通にいい曲なんです」
江﨑「そのトライアルが、(ロバート・)グラスパーのようなジャズとネオソウルやヒップホップを融合させたプレイヤーたちや、ジェイコブ・コリアーなどの音楽にも繋がっていると思います。
それと、昔のヒップホップのビートメイカーは和声のことを学んでいないことも多くて、MPCで1つのサンプルをさまざまに移調してくっつけて曲を作る場合もあったわけです。それが、図らずもコルトレーン・チェンジっぽく聴こえることがある。そういう偶然の一致がおもしろいなあ、というような話を音楽仲間としたことがありますね」
――おもしろい話ですね。作曲家としてのコルトレーンという観点では、どの曲が好きですか?
江﨑「“Resolution”と“Naima”(1959年)がいちばん好きですね。さっきも(リハーサルで)〈“Naima”、やる?〉なんて話しましたけど、特に好きです。超いい曲ですよね」
――その2曲は、まさにコルトレーン的なメロディーの曲ですよね。
MELRAW「俺は“Lazy Bird”(1958年)ですね。めちゃくちゃかっこいいと思います」
江﨑「あ〜、いいですね! あれはたまらない。あの曲も〈Am7、Cm7、F7〉と、ど頭は白鍵系なのに、その後で♭に平行移動するんですよね」
MELRAW「頭に戻るときだけA♭になるとかね」
江﨑「モダンですよね。あのコード進行はどこかでサンプリングしたいです(笑)」
MELRAW「洒落てるんだよね。音が下がっていくエンディングもいいし」