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バンドのありのままの姿

 というわけで、ニールとニルス、それにビリー・タルボット(ベース)、ラルフ・モリーナ(ドラムス)というラインナップで臨んだこのレコーディングだが、作業場所に選ばれたのは〈納屋〉。19世紀にロッキー山脈に建てられたという古い木造の納屋を修復したこの空間がどのような空気を醸しているのかは、アルバム・ジャケットや先行シングル“Heading West”のMVを観てもらえれば掴めると思う。ニールのパートナーであるダリル・ハンナが撮ったレコーディング風景のドキュメンタリーを観ると、そこはまるで時が止まっているかのような独特な雰囲気が漂っていて、建物が発する強い霊気のようなものが録り音に絶対影響しているはず、なんてこともついつい考えてしまったほど。そんな納屋のなかをゆったりとした動きのメンバーたちが交錯する様子をドキュメンタリーは映し出していくのだが、彼らのロック・バンドらしからぬ風情が妙に可笑しみを誘い、やたらとほっこりしてしまう。が、ひとたび楽器を持てば、いつもの荒馬へと豹変。ニールが愛機オールド・ブラックを掻き鳴らせば時空の壁がバリバリと破られ、熱いロック・スピリットがドクドクと脈打ち出し、確かにクレイジー・ホースの音を聴いているという感動が押し寄せてくるのだ。

 そんなアルバムの幕開けは至って静か。6分にも及ぶ“Song Of The Seasons”は、ハーモニカとアコーディオンの音色が作り出す哀切感が胸を焦がさずにはおかない名バラード。何とも魅力的な滑り出しだ。収録曲はいずれも2020年に書かれたそうだが、エネルギーをめぐる問題に対する苛立ちが曲作りの動機となった“Change Ain't Never Gonna”のように、ニールの頭からもうもうと立つ湯気がアツアツのまんまな曲も多い。納屋の壁をぶち破りそうなハード系では、“Human Race”の仕上がりぶりがもっとも強烈。ずっと音が割れまくりのギターは終始わなないていて、時々調子を外すプレイにすら憤怒が滲んでいるように感じられてならない。

 とにかく納屋の鳴り具合がめっぽうワイルドで、出てくるサウンドがいちいち生々しいのである。きっと多くのリスナーが傑作『Harvest』(70年)で得られたエモーショナルな響きを思い起こすだろうし、かつてブロークン・アロー・ランチ・スタジオで録られた音源を引き合いに出して語りたくなるだろうと想像するのだが、バンドのありのままの姿を記録することで、〈俺にとってクレイジー・ホースとはどんな存在なのか?〉という問いの答えが導き出せるはず、そんなニールの意図がどの演奏からもハッキリと窺えるのである。

 慟哭のギターを掻き鳴らしながら自身の出自について語る“Camerican”も印象的だし、ゆったりとしながらもヘヴィーなグルーヴがなんとも心地良い“Welcome Back”も魅力的。か細い声でのコーラスが妙に味わい深いエンディング曲で、「自分のために作った曲だと思う。自分を見失いそうになったらこの曲を聴く」と語る“Don't Forget Love”もひたすら素晴らしい。長い間古びた納屋のなかでひっそり眠っていた音楽にも思えるようなこれらの曲を彼らは大きな満月の下で演奏していたんだな、なんて想像してみると、ロマンティックな気分が止まらなくなってしまっていけない。とにかくこの魅惑の音世界にじっくりと浸りたいのだが、82年にホノルルで録音されたという幻のアルバム『Johnny's Island』が近々リリースされるなんて情報も飛び込んできて、そっちの内容に気を取られてしまう自分もいる。そんなに欲張ってどうすんの?と言い聞かせてみるけれど、しょうがない。俺をこんなふうにさせたのも他ならぬ彼なんだし。 *桑原シロー

左から、ニール・ヤング&クレイジー・ホースの2019年作『Colorado』(Reprise)、ニール・ヤングの70年作の50周年記念盤『After The Goldrush(50th Anniversary Edition)』(Reprise)、クレイジー・ホースの編集盤『Scratchy: The Complete Reprise Recordings』(Wounded Bird)

 

クレイジー・ホース構成員の近作を紹介。
左から、ニルス・ロフグレンの2019年作『Blue With Lou』(Cattle Track Road)、ビリー・タルボット・バンドの2015年作『Dakota』(Vapor)