2019年末に作品をリリースしはじめてからわずか2年足らずで〈FUJI ROCK FESTIVAL '21〉に出演するなど、耳の早いリスナーの間で噂が噂を呼んでいた碧海祐人。甘美なブラック・フィーリングが香り立つ楽曲に乗せ、文学的な歌詞世界を描き出す彼は、トム・ミッシュやジョーダン・ラカイ、FKJら、アンビエントやビート・ミュージックを通過した現代のシンガー・ソングライターの系譜に連なる愛知出身のアーティストだ。

 「弾き語りで曲を作りはじめた高校時代を経て、大学時代にDTMの多重録音による編曲に興味を持った時、ほぼ同じタイミングで米津玄師さんの『BOOTLEG』(2017年)と出会いました。そのアルバムは制作するにあたって影響を受けた作品でもあって、それを契機にいろんな音楽を一気に聴くようになり、ファンクやネオ・ソウル、シティー・ポップだったり、いま僕が作っている作品に通じる音楽に出会っていったんです」。

碧海祐人 『表象の庭で』 VYBE MUSIC(2021)

 J-Popの普遍性とインディー/オルタナティヴの先鋭性を共存させることを意識したというファースト・アルバム『表象の庭で』は、D.A.N.や青葉市子、スカートを手掛ける葛西敏彦を共同プロデューサー/エンジニアに迎え、劇的な進化を遂げている。

 「2020年にリリースしたEP『逃避行の窓』は、バンド・サウンドを主体としたアレンジによるオーセンティックな作品だったんですけど、自分はDTMで曲作りをしているんだし、別にバンド形態にこだわる必要はないなって。だから、シンガー・ソングライターといいつつ、今回は葛西さんといろんなアイデアを出し合いながら、レゴで壮大な城を作るように制作していきました」。

 ドラマーの石若駿を迎えた“夜風”のようなバンド形態で録音されたオーセンティックなソウル・ナンバーからアンビエントなテクスチャーにピアノとヴォーカルが美しく溶け込んだ“沈む春”、音数を削ぎ落としたネオ・ソウル“馨り”など、多彩なアプローチの楽曲に加え、その歌詞においても具象と抽象を使い分けながら、深遠な世界へと誘う。

 「日々生きていて感じる苦しさは自分にとってデフォルトなんですけど、箱のなかにいて、外に出ようともがいている気持ちが映し出された以前の作品に対して、今回は〈外に出た世界にもまた別の苦悩が待っていた〉という感じ。音楽は苦悩を解決してくれないんですけど、その苦悩を共有したり、解決しなくてもいいんじゃない?と撫でてくれるようなものなのかなって。だから、音楽における言葉では物事を断定したくないし、作詞では余白を残しつつ、一聴しただけだと意味がわかりにくい表現を意識したというか、聴く人がある瞬間にぱっと気づいて、意味が一気に紐解かれるような歌詞をめざしました」。

 詩情を宿したサウンドスケープを描く彼は、しかし、難解な表現をめざしているわけではない。それぞれの曲には発想の元になったリファレンス作品があると公言しており、その世界は万人に開かれている。

 「ここ最近ではダニエル・シーザーの『Freudian』(2017年)やベニー・シングスの『Music』(2021年)、モーゼズ・サムニーの『grae』(2020年)を愛聴していて。今回のアルバムの“沈む春”はモーゼズ・サムニーが参加したイーサン・グラスカの“Blood In Rain”を参照して作った曲だったりしますし、僕は誰かの曲にオマージュを捧げるように曲作りに取り掛かることが多いんですよ。そこに新たなアイデアが加わることで、大きく違う曲になりますし、米津さんの『BOOTLEG』が音楽の奥深さを教えてくれたように、この作品もみんなの音楽生活が豊かに広がるきっかけになったらいいなと思います」。

 


碧海祐人
愛知県出身のシンガー・ソングライター。大学在学時より本格的に音楽制作を開始し、2017年頃からYouTubeなどを通じて楽曲を発表していく。2019年12月にファースト・シングル“秋霖”を配信リリースし、正式にアーティスト・デビュー。セカンド・シングル“Comedy??”のリリースを経て、2020年9月にはファーストEP『逃避行の窓』、同年12月にはセカンドEP『夜光雲』を連続でリリースする。2021年に入って、8月に〈フジロック〉に出演。その後はmekakushe“COSMO”のリミックスに参加する一方、10月に“夜風”、12月にさらさをフィーチャーした“天象”と先行シングルの配信を重ね、このたびファースト・アルバム『表象の庭で』(VYBE MUSIC)をリリースしたばかり。