
こんなに素晴らしい歌い手が日本にいるんだ
――松下さんとはどのように出会ったんですか?
XinU「2~3年前に私はよくアカペラの動画をYouTubeにアップしていたんです。好きな曲をアカペラで歌って、多重録音して、自分の顔を4画面に映るよう編集して。
そのなかで“赤とんぼ”を歌った動画をたまたま松下さんが見て、面白い声だなと思ってくださったらしく。たまたま共通の知り合いのミュージシャンがいたので、会うことになりました。
その数日後に松下さんのスタジオに伺って、そのときはギターの庄司(陽太)さんもいらして。松下さんが〈庄司くん、何かいい感じのギターのリフを弾いてみて〉と言い、〈じゃあ、いい感じで歌ってみてください〉って。いきなりという感じで始まったので戸惑ったんですけど、とにかくやってみようと思って、庄司さんのループに乗せて歌ってみました。そのときの断片が整理されて形になったのが、“鼓動”なんです」
――どういう音楽をどういうふうにやろうかといった話をする前に、いきなりセッションが始まって歌うことになった。
XinU「はい。そういう話は一切なく(笑)」
松下昇平「コライトですね。僕が海外でやるときもそういう作り方なので、そのときもそれでやってみようと。そのなかで、彼女はこういう解釈をするんだな、こういう感覚で歌いたいんだなというのがわかって、それを活かしつつ、その断片からメロディーを起こしていくというやり方をしました」
――松下さんは始めにXinUさんの動画を見たとき、どのように感じたんですか?
松下「“赤とんぼ”だと最初は気づかなくて、フランス語かなって思ったんですよ。それくらい音声の印象が強かった。メロディーよりも音声が先に入ってきたのは初めての経験だったので、素晴らしい人が日本にいるんだなと。
それで連絡して、スタジオで歌ってもらったときに、できるだけ彼女自身の言葉で歌ってもらうのがいいなと感じました。出てきたメロディーに僕がコードをつけて、〈歌詞をつけてみましょう〉と言ったら、すぐに“鼓動”のこの歌詞が彼女のなかから出てきたんです。〈これはいける!〉と思って、全曲歌詞を書いてくださいと伝え、EPの制作が始まりました」
――雰囲気があって、スモーキーで、いい楽器のような響きをする声ですもんね。プロデューサーが触発されて、そこに音を乗せたくなる声なんだろうなというのがわかります。
松下「本当にその通りなんですよ。僕は自分の作品では思いついた限りの音を入れたいタイプなんですが、彼女の歌を聴いて、声以外の音はなるべく減らそうと考えました。そうしたくなる声なんです。ですからドラムも打ち込みも少なくして、ハイハットも消して、どんなシチュエーションで聴いても気持ちよさに包まれる感触を作ろうと務めました」
――XinUさんが、そういうご自身の歌声の特徴に気づいたのはいつですか?
XinU「自分の声が特別いいとは思わないんですけど。ただ、私が今まで好きになったアーティストや曲には、全部声から入っていて。ジャズもそうですけど、声がよかったら心が解きほぐされるという経験をいっぱいしてきた。声が特徴的だねといろんな方に言ってもらうようになって、自分もそういう効果を発揮できたらいいなとは思うようになりましたね」
松下昇平、庄司陽太とのコライトで生まれる多彩な音楽
――このEPの音楽性はR&B、ポップス、ジャズ、ブラジリアンなどが絶妙にミックスされたものですが、それに関しては松下さんと予め話し合ってのことなんですか?
XinU「“鼓動”がセッションのなかで自然に出てきたように、ほかの曲も話し合ってというよりは、一緒に作るなかで自然にそうなっていったという感じでした。スタジオで、まず庄司さんとテンポを決めて、庄司さんのギターのアイデアをループさせて、私が鼻歌を乗せる。それを松下さんが整理して完成させていくというのが主なやり方で。
緻密に組み立てたメロディーに、その緻密さを崩さず言葉をハメるチャレンジをした曲もあったんですけど、そういう曲は次のEPにとっておいて、今回はできるだけシンプルにしようと」
――XinUさんのボーカルは、特にギターとの相性がいいですね。
松下「彼女はもともとジャズを歌っていて、ピアノとの共演はたくさんしてきている。だからピアノと合うのはもちろんなんですけど、ギターと合わせたほうが新しい面白さが出るんじゃないかなと、彼女の声を聴いたときに思ったんです」
――わかります。ピアノのほうがハマりやすいでしょうけど、それだと良くも悪くもオーソドックスなものになって、現代的なポピュラーミュージックとしての面白さが出にくい。そのあたり、XinUさんはどう思っていましたか?
XinU「正直、初めはピアノで歌いたいと思っていました。やり慣れていたので」
松下「途中で〈ピアノを入れたい〉って言ってたよね。〈全部ギターなんですか?〉って」
XinU「言いましたね(笑)。でも、何曲か作っていくなかで庄司さんとのフィーリングがすごく合ってきたことを感じて。ギターに乗せて歌うことで、自分のなかの何かが開けていった感覚もあったんです」