
伝えられない思いが曲になった“鼓動”
――3曲目“鼓動”。松下さんと出会って、このEPを制作するきっかけになった曲ですね。
XinU「はい。松下さんと庄司さんと一緒に作ったときに、こんなふうに自分が歌ってみたかった感じの曲ができていくのなら、頑張ってやっていこうって決意したんです」
――扉を開いた1曲。カーティス・メイフィールド“Tripping Out”、または山下達郎“あまく危険な香り”っぽく始まるのがいいですね。
XinU「〈あ、こういう曲好きだな〉って思いました」
――全曲コメントには〈伝えようか伝えないままにするか、複雑な気持ちを“何も知らないあなた”へ向けて手紙を書くように書いてみました〉とあります。“オモイオモワレ”もそうですが、〈伝えるか伝えないままにするか〉の葛藤を歌詞にした曲が少なくないですね。
XinU「そうですね。現実には伝えられなかったことを書いたのが、この“鼓動”で。以前、一緒に住んでいた人がいて、その人と別れたあとにその街に行ったとき、思い出したことがたくさんあった。それが歌詞になりました。伝えられないまま、曲になった感じです」
――ボーカルにも歌詞と同じように、伝えたい、でも伝えられないという微妙な感情が現れています。
XinU「そうですね。ノリはいい曲なんですけど、歌はあまりテンションをあげないよう意識して。この曲はMVも撮ったんですけど……」
――見ましたよ。海だけど、曇り空で、ちょっと寒そう。
XinU「そう! めちゃくちゃ寒い日だったんです(笑)。でも、そのくらいがむしろこの曲に合っているんじゃないかってことで」
――晴れでも雨でもなく、開放的とは言えないまでも籠っているわけではない。そのくらいの塩梅、温度感が、XinUさんの表現の個性であるように思うし、そこが魅力のようにも思います。
XinU「ありがとうございます。自分じゃわからないんですけど、そういうところはあるかもしれませんね」
グルーヴをつかめずにもがき、光を見つけた“目眩”
――4曲目“目眩”。ボサノバとR&Bとエレクトロ的なサウンドが絶妙にミックスされていて、なんとも気持ちいいグルーヴがありますね。
XinU「そのグルーヴがつかめなくて苦労しました。1日かけて……いや、1日どころじゃなかったかな。なかなかつかめず、松下さんによるリズムレッスンも始まって(笑)。それで何日目だったかにやっとつかめた感覚があったんです」
――〈サウンドを聴いたときから、暗闇から光を求めてもがくイメージがありました〉と全曲コメントにあります。
XinU「その当時、私自身がもがいていたんです。歌詞を書くこととか、今言ったようにうまくグルーヴをつかめないということで。でも最終的にはそこから光を見つけられたし、そうやって熱中できること自体が光のようなものなんじゃないかと思って。それで最後は〈暗闇をもがく わたしにただ 会いたいだけ〉と歌ったんです」
――〈守ってきた誇りを払うの さらけ出すの〉というのは、XinUさんの決意表明ですね。
XinU「そうです。プライドとかを全部捨てて、もがいている今をしっかり味わおうと。客観的に自分を見ながら書きました」
言葉とメロディーの関係を研究した難曲“ただそれだけ”
――5曲目“ただそれだけ”は、サウンドはアコースティックですが、1メロディーの繰り返しで進んでいく曲構成はヒップホップ的ですよね。
XinU「スタジオで松下さんと話しているときに、ひとつのメロディーだけで作ってみませんかという話になったんです。ひとつのメロディーを繰り返して、でもそのなかで時間は過ぎていくというふうにしてみようと。このEPの完成間近になって〈もう1曲入れよう〉と作った曲なんですけど、最後の最後に一番歌うのが難しい曲がきた感じでした」
――メロディー自体には抑揚がなく、ヒップホップで言うところのフロウで変化をつけていくわけですから、もともとジャズを歌っていたXinUさんにとってはすごく大きな挑戦だったでしょうね。
XinU「はい。どの曲にも少なからず挑戦がありましたが、これが一番大きな挑戦でした。感覚に頼るだけだと言葉がうまく乗らないので、Excelでマス目をいっぱい作って、そこに言葉をひらがなで一個ずつ入れていくことをして。規則性がちゃんとしていないとこの挑戦をする意味がない、キレイに収まれば言葉とメロディーが一体になるはずだという仮説を立てて、そうやってみたんです」
――それはすごい。まさに研究ですね。でも、そうやってひとつ何かを獲得できたという実感が、間違いなく今後に繋がるんでしょうね。
XinU「だと思います。どの曲にも〈こういうことができた〉という私なりの実感があって、それが積み重なっているように思えるので。難しいと思うこともどんどんやっていきたいですね」
――歌詞は、ここでも〈伝えたかったけど、伝えられなかった言葉〉のことを書いています。
XinU「あ、ほんとだ(笑)」
――今の時代、世界的にも女性たちが自分らしくあることに誇りを持ち、自己主張、自己表現を力強く堂々としながら新しい社会や文化を切り開いている。音楽でも映画でもその傾向が如実になってきているわけですが、一方、XinUさんはこの作品において、迷いを隠さず歌にしています。伝えたいけど伝えられない。言っていいのか言わないほうがいいのかわからない。そういう自分にすごく正直に向きあった表現をされているように感じるのですが、そのあたりはどう考えていますか?
XinU「今の自分には、何かを強く主張する歌をうたうのは難しくて。いつかハッキリ言う曲、ハッキリと誰かの背中を押す曲も書きたいとは思いますけど、今はまだ自分自身がもがいているなかにいるので……。
でも、私は今29歳なんですけど、同世代にそうやってもがいている人がいることも知っているので、そういう人に共感してもらえる歌になっているんじゃないかとは思うし、共感してもらえたらいいなと思うんです。今の私に書けることはこれだから」
――XinUさんにとってのリアルということですもんね。ハッキリ主張するリアルもあるけど、葛藤することのリアルもある。
XinU「はい」