©2022 ⼋⽬迷・⼩学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」製作委員会

孤独を抱えた少年と少女の不思議なトンネルをめぐる秘密の冒険

 夏の思い出は、他の季節と比べて特別なものに感じるのは筆者だけだろうか。まとわりつく熱気、まるでBGMのような蝉の声、焼けた地面から立ち上る空気の匂い、陽光が照らし出す鮮明な世界。夏は五感すべてを刺激するビビッドな季節だからこそ、そこに紐づく記憶もまた、とりわけ印象深く残っている気がする。しかもそれが青春の最中にある学生の時分の出来事であれば、なおさらのことだ。

 この晩夏に公開されるアニメーション映画「夏へのトンネル、さよならの出口」は、そんな夏の特別な思い出や記憶を、静かに呼び起こしてくれる作品といえるだろう。

©2022 ⼋⽬迷・⼩学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」製作委員会

 第13回小学館ライトノベル大賞のガガガ賞と審査員特別賞をW受賞した八目迷のデビュー作を映像化した本作。物語の舞台となるのは、日本のとある田舎町。高校二年生の塔野カオルは、東京からやってきた転校生の少女・花城あんずと知り合う。幼少期のある出来事がきっかけで心にわだかまりを持つカオル。周囲に対して拒絶的な態度を取り、クラスで浮いた存在となるあんず。それぞれの孤独と悩みを抱える二人は、そこに入ると自分の欲しいものが何でも手に入ると噂される不思議なスポット〈ウラシマトンネル〉の場所を偶然に知り、お互いの目的をかなえるために、トンネル探索の共同戦線を張ることになる。だが、そのトンネルの奥に進むためには大きな代償が必要で……。

 夏と田舎を描いたアニメ映画といえば、細田守監督の出世作「サマーウォーズ」(2006年)が思い浮かぶが、眩いばかりの生命力に満ちた同作のタッチとは対照的に、「夏へのトンネル、さよならの出口」で描かれるのは、思春期の不安定な感情を投影したような、繊細でどこか憂いを帯びた夏。それはカオルとあんずの出会いのシーン、雨の景色に如実に表れているのだが、劇中の時間軸が梅雨の時期から真夏へと進行していくにつれて、画面のトーンや色彩感が変化していき、それが同時に二人の関係性の進展ともリンクしていく見せ方が実に巧みだ。

©2022 ⼋⽬迷・⼩学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」製作委員会
©2022 ⼋⽬迷・⼩学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」製作委員会

 監督・脚本・絵コンテ・演出を担当したのは、「キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series」(2017年)や「デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆」(2020年)などの監督作品で知られる田口智久。ロングランとなった劇場アニメ「映画大好きポンポさん」(2021年)で名を上げた新進気鋭のアニメ制作会社・CLAPによる精細なアニメーション、主役の二人の声を担当する若手実力派俳優・鈴鹿央士と飯豊まりえのリアリティを感じさせる演技、TVアニメ「ピアノの森」(2018年)や大河ドラマ「西郷どん」(2018年)の富貴晴美によるピアノを中心とした叙情的な劇伴、シンガーソングライターのeillが歌う主題歌“フィナーレ。”および挿入歌“プレロマンス”のたおやかでエモーショナルなフィーリング――それらが合わさることで生まれる独特の優しく切ない空気感は、劇場のスクリーンで観ることによってさらに臨場感が増すことだろう。

 なんとなく似た者同士の少年少女が織り成す、ひと夏の淡い〈ボーイ・ミーツ・ガール〉ストーリーは、〈ウラシマトンネル〉が起こす不思議な現象をトリガーとして、意外な方向へと進んでいく。もちろんここで二人の物語の行方をつまびらかに説明することはしないが、本作を最後まで観覧したならば、忙しない毎日に追われることで忘れてしまった、青春時代のピュアな気持ちを取り戻せることは保証しよう。例えばSF作家のロバート・A・ハインラインによる名作「夏への扉」のように、夏が来るたびにふと思い出して何度でも触れたくなる、そんな映画に本作は仕上がっているのだから。

 


MOVIE INFORMATION
映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」

鈴⿅央⼠ 飯豊まりえ
監督・脚本:⽥⼝智久
アニメーション制作:CLAP
キャラクターデザイン・総作画監督:⽮吹智美
主題歌・挿入歌:“フィナーレ。”“プレロマンス” eill
原作:八目 迷「夏へのトンネル、さよならの出口」(小学館「ガガガ文庫」刊)
キャラクター原案・原作イラスト:くっか
⾳楽:富貴晴美
©2022 ⼋⽬迷・⼩学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出⼝」製作委員会
配給:ポニーキャニオン
(2022|日本|83分)
https://natsuton.com/
2022年9月9日(金)より全国ロードショー