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自分でA&Rもやってしまおう

――制作プロセスはどのようなものでしたか?

「とても面白かったです。というのも、最初は参加するプロデューサーを全て女性にしようと思ってたんですね。けど、いくつもの壁に出くわし、性別に囚われる考え方を改めました。それでも今回参加したプロデューサーたちのうち、Lora Faye(Arthur Moon)、SUMIN、そしてRainbow Chanの3名が女性プロデューサーです」

『9m88 Radio』収録曲“Love Is So Cruel (prod. by Arthur Moon)”“Whatchu Gonna...? (prod. by Rainbow Chan)”

――コラボレーションする相手の選定もご自身でされているんですか?

「ええ。むしろ当初は全て自分でやるつもりだったんです。ただ、正直なところ私は歌手ですし、できないことも多い。だったら、自分でA&R(レコード会社における職務の1つ。アーティストの発掘や契約、育成に加え、楽曲の発掘や制作も担当する)をやるのはどうかと思ったんです。もちろん、私は音楽活動を始めた頃から自分自身のA&Rをやっているようなものだったんですけど。

まずは膨大な量のリサーチから始まり、色々なアーティストの作品を聴きました。そして、気に入った人を見つけたら、吟味した上で、コラボレーションに80%の確信が持てたら連絡を取っていく、という流れでしたね」

――コラボレーションしたプロデューサーたちの楽曲制作にどこまで深く関わっているのでしょうか?

「コラボレーションする相手が決まったら、まず80%近い完成度のデモ音源を送るんです。そして、その上で彼らに付け足す要素があるかどうか訊き、各々のクリエイティビティーを発揮する〈余白〉を残しておきます。なので、厳密には私1人で全ての方向性を決めているのではないんです。今回コラボレーションしたアーティストたちのほとんどが、コンセプトやアイデア、方向性を提示してくれました」

――海外のプロデューサーたちとコラボレーションする上で大変だったことはなんですか?

「コミュニケーションですね。今回は全てオンラインでのコラボレーションだったので。楽曲の細部について話したいことが多かったので、考えていることを全てリストに書き起こして伝えるんです。そしてそれを何度も繰り返しました。もちろん、プロデューサーたちがこだわりたいアイデアや要素もあるので、それらを尊重した上で、自分の意見や提案を伝えないといけないんです。それらはデリカシーを必要とするプロセスだったと思いますね。時には返事が来るのに1ヶ月以上かかることもありましたし、時間的なプレッシャーも感じていました」

 

アジア人女性のステレオタイプ、女性性への思い

――歌詞についてはどんなアプローチで書かれたんですか?

「私は絶え間なく、自分自身を題材にした曲を書ける人間ではありません。なので、自分の感情や体験に基づいて曲を作るのが上手なアーティストたちの音楽を聴くことにしました。それこそがアーティストの理想像だと思っていたんです。そして、人々に自分の音楽を気に入ってもらいたいし、感情移入もしてほしい。

その一方で、歌詞のみならず、全てのコンテンツについて、より多くの視点で吟味できたり、遊びを感じたりするものにしたいという気持ちも徐々に湧いてきたんです。なので、アートワークの写真も、このような私の心境の変化を表現したものになったと思います」

『9m88 Radio』アートワーク

――今作では〈エクリチュールフェミニン〉(女流文学)をコンセプトとして掲げているとも聞きました。

「〈エクリチュールフェミニン〉に関していうと、私は自身を何か特定の肩書きに限定する必要はないと考えているんです。なぜなら、それは重荷になってしまいますし、息苦しいものですから。私は自分のことを精神的にも肉体的にも女性だと考えています。なので、何をしようとそれはフェミニンなものになるんです」

『9m88 Radio』トレーラー

――あなたは女性であり、アジア人でもあるわけですが、NYの大学に通っていた頃に差別や偏見を感じたことはありますか?

「多くの人々がアジア人女性に対してステレオタイプなイメージを抱いていることに気づきました。例えば、髪型はストレートで、自分の意見も無くて、といった〈アジア人女性はこうあるべき〉というものを信じて疑わないんです。なので、私はその壁を壊したいと思った。髪にパーマをかけたのはその頃なんです。人前でのパフォーマンスを必要とするクラスを受講していたんですけど、アジア人女性はおそらく私1人だったと記憶しています。とにかく決まりきった枠に収まらないということを自分に課していました」

――台湾に戻ってきてからどんな心境の変化がありましたか?

「今は〈自分は自分でしかない〉と感じています。以前は何が良くて、何がクールで、私の理想とする音楽は何なのか、迷いがあった。多くの台湾人が好んで聴くタイプの曲(音楽)というのもあるのですが、そういったことも今は気にしていません。それは国の文化ですし、どの国・地域にも好みの傾向はあります。そういった好みの傾向や違いをしっかりと理解すればいい。それだけです。そこで何か抗う必要もないんですよね」

――ジェンダーギャップやアジア人に対する偏見・差別という観点ではいかがですか?

「NYにいた頃、女性やアジア人が抱える問題には大きな関心を持っていました。だけど、今は台湾にいるので、NYとは距離もありますし、生活スタイルも違います。もちろんそういった問題については今でも目を向けていますが、当時とは置かれている状況が違うので、向き合い方も変わったのだと思います」

――今作の歌詞にもそういった問題に対する気持ちが反映されているのでしょうか?

「女性やアジア人に関する問題に対してはいつも感情的になります。以前は怒れるティーンエイジャーといった感じで、その感情を楽曲制作に注ぎ込んでいました。今作ではその感情をより理性的に処理して、1つ1つ整理しながら向き合えたと思います。なので、以前のような表現の仕方に戻ることはないと思いますね」