タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部

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画一化とは無縁のしっかりとした手触りと質感のある音

 わたしたちの身のまわりを注意深く眺めてみると、そこには同じ規格で大量生産されたものがたくさんあることに気づく。ドア、ドアノブ、水道の蛇口、バスタブ、壁のクロスなどといった住居内で当たり前に使っているさまざまなパーツ。あるいは商業施設や店舗に用いられる照明器具や床材。現状、カタログにあるもののなかから好みのもの、もしくは嫌ではないものを選んで組み合わせることで、すべてを一から作るオーダーメイドに比べてコストが抑えられるため、大量生産による既製品を活用することは限られた予算を考えれば現実的で妥当な着地点といえるだろう。しかしながら、そうした便利で安価な既製品は選択を誤ったり度を超えて使用するととたんに薄っぺらで安っぽいぺカンペカンな印象を与えてしまいかねないのも事実。このことはファスト・ファッションなどにも当てはまるといえそうだ。

 産業革命を起点としたテクノロジーの進歩は、近現代の文化や生活様式の変遷と大いに関係しているのはご存じのとおり。同じ製品を地理的に離れた場所で利用することができるのは、それらが同一規格で大量に作られていればこそ可能であり、言い換えれば大量生産を通じて文化の民主化、大衆化が生じたということにほかならない。そうした変化を経た現在は、数多の選択肢のなかから自分にとってしっくりくるものをチョイスすることができるだけの多様性がある時代なのである。

 たくさんの選択肢があるなか、何を選ぶかは個人の好みや懐事情によるだろうが、最大公約数的な大量生産品ばかりでは文字どおり無味乾燥な生活になってしまいそうである。そこで人は色々と工夫をする。インテリアなら自分で手を加えられない箇所は仕方ないとして、好きなテイストの家具を揃えたり、ヴィンテージのアイテムを加えたりすることで居心地のいい空間を目指す。ファッションなどはさらに工夫しやすい分野だろう。画一的な質感や手触りを少しでも自分好みに近づけることは、気持ちよく暮らすためのアプローチとして多くの人が無意識に近い感覚で行っているにちがいない。

 さて、先に述べたようなテクノロジーの進歩は音楽においても多大な貢献を果たし、大がかりなスタジオを用意せずとも音楽制作に取り組めるようになった。なんなら楽器演奏をすることなくパソコン(と音楽制作ソフト)だけで完結できてしまうこの状況は、アイデア次第でユニークな作品を生み出すこともできる一方で、大衆化、民主化につきものの画一的な仕上がりにとどまってしまう場合も大いにありうるのである。誰もが音楽を作って発表できる現在は、その意味では傑出した長く聴き込める作品にリスナーが出合うことは難しい時代になっているのかもしれない。

 そんなことを考えていたときに耳にしたトラックメイカー、MPCプレイヤーのSTUTSの新譜『Orbit』がすこぶる響いた。収録されている音のひとつひとつに手触りと質感が備わっているのだ。いうまでもなく音楽そのものは目に見えるわけでもなく、手で持てるわけでもないが、本作の楽曲からは不思議とそれが感じられ、素敵な個性となっているのである。このアルバムに関連したあるインタビューで「自分の芯は変わらない、変わりようがない」と語っていたSTUTS。短絡的なトレンドにおもねらず、真っ直ぐに音を紡ぐことで力強い作品となった。このアルバム、リリックを読みつつ聴いてもらうとSTUTSや参加アーティストたちの衒いのない姿勢がより際立ち、ともすると無味乾燥になってしまう毎日を少し自分好みに近づけられるかもしれない。「自分らしく」などという言葉は自ら枠組みを作ってしまっているようで好きではないのだが、自分が感じたことを忖度なしに表現してゆくことは、我々が日々の生活においてもやろうと思えばできること。シンプルだがつい忘れてしまいがちなそうしたことに気づかせてくれる作品ではないだろうか。

 


PROFILE: 青野賢一
1968年東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍「音楽とファッション 6つの現代的視点」(リットーミュージック)を上梓した。

 

〈LIFE MUSIC.~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2022年12月25日(日)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.469」に掲載。