「ジャズの影響を大切に、品格があるものにしたかった」
ベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフがUKジャズ屈指の人気デュオのビンカー・アンド・モーゼスとのコラボでスピリチュアル・ジャズのプロジェクトを始めた、と聞くとずいぶん唐突だなと思うが、すべては偶然の連鎖によるもの。2015年にやったチェコのジャズ・トリオNTSのプロデュースをきっかけにギアボックス・レコーズと繋がりができ、レーベルから紹介されビンカー・アンド・モーゼスに出会った。そこで2人と意気投合したことで制作が始まり、そのアルバムが2022年にようやくリリースされた。
一方で、ジャズのプロジェクトをやることは必然だった。「ベースメント・ジャックスの相棒のフィリックスはファラオ・サンダース、アリス・コルトレーンが好きだった。僕はフランク・ザッパを通じて、ジョージ・デューク、スタンリー・クラークを知り、そこからウェザー・リポート、アイアート・モレイラなどのジャズ・フュージョンが好きになった。ベースメント・ジャックスのヒット曲“Samba Magic”はアイアートの“Samba De Flora”をサンプリングしているんだ」と語るように彼はずっとジャズからの影響を胸に秘めていた。フィリックスはディングウォールに通いジャイルスのDJを聴いていて、サイモンはアシッド・ジャズ・レコーズのエディー・ピラーと知り合っていた。ジャズは常にそばにあったわけだ。
偶然と必然が重なり合って始まったこのプロジェクトにサイモンは自身の美意識に従い、フランク・ザッパの名曲と同じヴィレッジ・オブ・ザ・サンという名前を冠した。
2人にループ的な構造の意図と演奏時間の指示だけを伝え「どの曲も4小節なり8小節なりのいいと思った部分をひたすら繰り返して、ディープ・ハウス的なメンタリティで作った」本作はかなり自由な即興が詰まっているし、「2人の演奏を基礎にして、自分が思うイマジナリー・バンドを作った」という通り、他の楽器はすべてサイモン自身がシンセで奏でたもので、それを緻密に編集し重ねて、楽曲を構築した。DJ的にも使えそうなグルーヴとサウンドではあるが、ビンカー・アンド・モーゼスの演奏を徹底的に尊重している。
「ダンス・ミュージックのプロデューサーのアルバムって感じにはしたくなかった。僕は品格があるものにしたかったんだ。ダンス系の人がジャンルを超えて、エレクトロだったり、ダンサブルにしようとすると、チープでギミッキーになってしまうことが少なくない」
UKジャズのトレンドも意識せず、「自分が聴きたいと思うものを締め切りもなく、誰からの期待も感じない環境でたっぷり時間をかけて作った」という真摯さや無欲さが本作の美しさの理由かもしれない。