
2015年のデビューアルバム『Dem Ones』のリリース直後に、英国のブラックミュージックの最大の音楽賞である〈MOBOアワード〉のジャズ部門を受賞するなど、発足以来、大きな成功を収め続けてきたサックス&ドラムスのデュオ、ビンカー・アン
サックス奏者のビンカー・ゴールディングは、ジョー・アーモン・ジョーンズやユセフ・デイズらロンドンの気鋭演奏家を迎えたソロ作『Abstractions Of Reality Past And Incredible Feathers』(2019年)を発表するほか、エヴァン・パーカーなどフリージャズ系の演奏家との共演の機会も多い。
一方、ドラマーのモーゼス・ボイドは、共演歴ではビンカーと重なる部分もありつつ、ジャイルス・ピーターソン直系とも言うべきクロスオーバーな感性の持ち主。特に自身のソロ名義の初アルバム『Dark Matter』(2020年)は、現行のUKクラブサウンドの影響を昇華した作品として注目を集めた。2人はヌバイア・ガルシアやシャバカ・ハッチングスを輩出したことでも知られるジャズの教育プロジェクト〈Tomorrow’s Warriors〉の卒業生であり、ザラ・マクファーレンのバンドや、お互いの主宰プロジェクトでも共演するなど長年の良きコラボ相手でもある。
そんな2人の最新作『Feeding The Machine』は、10年来の友達でもあるというマックス・ラザートをテープループやモジュラーシンセを担当する第三のメンバーに迎えてレコーディングすることで、デュオのサウンドの〈拡張〉を図った意欲作。ミニマリズムのアイデアを採用した電子音のテクスチャーと、ヘヴィーなジャズサウンドを共存させた、デュオの新しいサウンドを体現する作品であり、普段は実験的なクラブミュージックやポストパンクを好んで聴くようなリスナーにもアピールしそうな作品だ。
また、フィル・コリンズやXTC、ポリスとの仕事で知られるグラミー賞プロデューサー、ヒュー・パジャムがプロデューサー兼エンジニア兼ミキサーを担当。レコーディングはピーター・ガブリエルが所有する〈Real World Studios〉で行われるなど制作背景の話題にも事欠かない一作。そんな話題性に溢れたアルバムを完成させた2人にZoomでインタビューを行った。

ビンカー・アンド・モーゼスは〈自由に創作できる場所〉
――ビンカー・アンド・モーゼスはどのように始まったのでしょうか?
モーゼス・ボイド「2013~2014年頃だったと思う。当時、僕らは親友のザラ・マクファーレンのツアーに参加していたんだけど、デュオというコンセプトに興奮しはじめていて、ライブ前のサウンドチェックとかでビンカーと僕の2人だけで演奏を試してたんだよね。で、そんな頃にウェストロンドンでギグがあって、僕ら2人にベーシストを入れたトリオ編成の予定だったんだけど、直前にベーシストの弦が切れちゃって」
ビンカー・ゴールディング「(爆笑)」
モーゼス「それで急遽2人でプレイすることになったんだ。そして、その次のギグではなぜかベーシストが来なかった。どっちも本当に虚しい夜だったね(笑)。でも、その2回で、このフォーマットで何かできるってことがハッキリしたんだ。それですぐに〈Jazz re:freshed〉でのライブをブッキングした。そのときの映像はまだYouTubeで観られると思う」
そのビデオをレーベル主宰のダレル(・シャインマン)が観て〈ギアボックスと一緒にやろう〉と持ちかけてくれたんだ。それが『Dem Ones』を作るきっかけだった」
――以前の別のインタビューで、デュオで演奏する際の参考として、ケニー・ギャレットとジェフ・テイン・ワッツのデュオでの演奏パートや、ジョン・コルトレーンとラシード・アリのデュオを挙げているのを読みました。デュオで演奏するうえで、彼らの音楽から学んだことは何ですか?
ビンカー「彼らの音楽やビデオから本当にすべてを学んだけど、何を学んだのかを説明するのは難しいこと。彼らのような音楽家の演奏から学ぶことって神秘的なことなんだと思う。
でも一つだけ言えるは、どちらのアンサンブルも演奏しているときのお互いのつながりと強度が特徴だということ。僕はサックスとドラムのデュオというシチュエーションでなければ感じることのできない演奏者同士の音楽的なつながりが好きなんだ。それはお互いの演奏の激しさに加えて、相手のプレイの内容や、その反面の不安定さに対して、お互いが深く関与していることから生まれるんだと思う。デュオでいちばん簡単なのは、ただ練習してるだけみたいに聴こえさせることで、そうしないためには、できる限り音楽に意味と強度が必要だから、ライブでもアルバムでもそれを心がけてきたね」
モーゼス「うん、ベストな説明だ。例えば、ザラのバンドやエクソダスのようなプロジェクトでは、僕はあくまでドラマーとして全体の音楽をサポートする役割で、変な意味ではないんだけど、ときどき音楽的に〈隠れる〉ことができる場所がある。でもデュオの場合、どこにも隠れることができないから音楽的な才能やテクニックが容赦なく人目に晒される。音楽へのアプローチが全然違う」
ビンカー「あと、モーゼスのバンドや僕のクインテットなど他のプロジェクトでは〈こんな音やアイデアを実現したい〉という意図が常にある。でも、ビンカー・アンド・モーゼスの場合、僕たちはいつもテーブルについて〈まずはどうなるか見てみよう〉という感じなんだ。もしかしたら当初はサイドプロジェクトの意味合いが強かったことと関係しているのかも。でも、『Dem Ones』や以降のアルバムが成功したあとでも、このプロジェクトでは〈自由に創作できる場所〉であることを重要視しているよ。事前に細かいところまで計画するんじゃなくてね」
新作にはミニマリズムとアンビエントのアイデアが重要だった
――新作の『Feeding The Machine』は、ミニマルな電子音のループやドローンなどのテクスチャーと、ヘヴィーなフリージャズのサウンドが組み合わさっていて、エネルギッシュなんだけど同時に抑制も効いた、クールな仕上がりになっていると思いました。
ビンカー「いま話してくれたのが、すごく的確な表現だと思うよ。そのうえで僕が言えるのは、終始一貫した音の世界をめざしていたということかな。音を通して自由な次元を感じさせて、リスナーをどこか別の場所に運んでくれる。もっと言えば、そのなかで生きてさえいけるような音の世界を作りたかったんだ。
このアルバムでは、ミニマリズムとアンビエントのアイデアがとても重要だったと思う。テリー・ライリーの名前は制作中かなりの頻度で出てきたね。具体的には“Poppy Nogood And The Phantom Band”(69年)という曲。あと70年代に彼がドン・チェリーと作ったレコードもみんなでシェアしていた(※75年録音のライブ音源と思われる)。あとはラ・モンテ・ヤングの〈The Well-Tuned Piano〉。5時間もあるんだけど本当にすごい演奏なんだ。そういった音楽が生み出す美学のようなものや感覚的なものに、すごく影響を受けた。僕たちの今回のレコードの良さもそういう類のものだと思う。正確な音符が演奏されている、とかよりもね」
――他にアルバム、本、映画など、サウンドやコンセプトの面で新作に影響を与えた作品はありますか?
モーゼス「リストは無限だよ。僕ら2人とも違う趣味を持ってるからね。ビンカーは大の映画ファンだし、僕はビョークやスクエアプッシャー、エイフェックス・ツイン、マックス・ローチ、マッドリブ、カニエ・ウェストのファンで、そういうものも影響源としてあったと思う。ビンカーは別の意見かもしれないけど……」
ビンカー「いやいや、クールだと思う。でも、さっきも話したようにスタジオに入ったときに具体的なアイデアが多くあったわけではなかったんだ。ただ、最終的に出来上がったものを聴くと、僕はデヴィッド・リンチの影響を感じる。事前に話し合ったわけではなく、たまたまそうなったんだけど、個人的にはそれが嬉しいんだよね。」
サックスとドラムの音をマシンに通すことで、その可能性の拡張を図った
――新作のサウンドを実現するうえで、ジャズベーシストでありミリオン・スクウェア名義でエレクトロニカにもアプローチするマックス・ラザートの存在は欠かせなかったと思います。
モーゼス「『Journey To The Mountain Of Forever』(2017年)をレコーディングしたあとに僕はモジュラーシンセサイザーや電子音楽に夢中になって、マックスはそのきっかけになった人だったから、彼が今回の作品に参加するのは自然な流れだったね」
――レコーディング前に決めていたことはどのくらいあったのでしょうか?
ビンカー「モーゼスと事前に共有していた唯一のことは、サックスとドラムの音をできるだけ使いながら、マックスが作る音を通して、その可能性をもっともっと拡張するということだった。つまり、僕らが演奏した音をマックスのマシンに送って、そのフィードバックを使って演奏することでまったく新しいサウンドを作れないかと思っていたんだ。
だから聴いただけじゃわからないかもしれないけど、アルバムでマシンを通して鳴らされている音のほとんどは、ディストーションをかけたサックスとドラムの音なんだ。聴いた人が想像するであろう〈モジュラーやテープループをセットアップしたあとにプレイボタンを押すだけ〉みたいな部分はほとんどない。むしろ、ライブで発生した音をすべてフィードバックすることができるプログラムに合わせて演奏している、というのが正しい表現かな。
いわゆるベースやシンセベースの音はほとんど使われていない。サックスとドラム以外の音は、アルバムを通して、本当にわずかな量で、たぶん5%以下とかだと思う」
モーゼス「新作はすごくエレクトロニックなサウンドのアルバムなんだけど、一方で生々しいアルバムでもあって、ほとんどライブ同然に作ったと言うことができると思う。編集やオーバーダブもほとんど無いし、すべてがマシンを通したライブテイクなんだ。実際、今作のショーをライブで観て貰えば、マックスがステージ上でフィードバックを操作して演奏するための時間がたくさんあることに気がつくと思う。
マックスは普段はベーシストとしてジャズの即興をプレイしているから典型的な楽器ではない機材を扱うときでも、ジャズ的な感性のなかで僕たちの演奏をフォローすることができる。その意味でも、今回のコンセプトにぴったりだった。和声、電子機器や即興……彼はそのすべての観点で卓越していてスムーズにコミュニケーションできるから、一緒にスタジオで作業するのは夢のようだった。彼と同じようなことは、ほかの人にはなかなかできないと思う」
伝説のエンジニア、ヒュー・パジャムが狼藉した話
――レコーディングを行った〈Real World Studios〉は、写真を見るととてもプロフェッショナルな環境のようですが、実際にはどんな感じでしたか?
モーゼス「ピーター・ガブリエルが80年代に作った特注品とでもいうべきスタジオで、驚くほど美しい建築だね。宿泊施設もあって、シェフもいて、コントロールルームのそばを小さな白鳥が泳いでいて……そんなふうに都会の生活から隔離して、まるで時間が止まったみたいな空間にいることを提供することで、利用者をクリエイティブにすることを目的にしている場所なんだ。
施設的にもすごくて、例えばプロデューサー/エンジニアのヒューに〈レッド・ツェッペリンのドラムのサウンドに近づけたい〉と言ったら、スタジオルームの裏にある石造りの屋根の中に入るんだ。すると、その中はまったく違う残響で、その天井にマイクを吊るしてレコーディングをすることもできる。そういうちょっと奇妙なことも含めて本当に何でもできる、というか、そのために設計された空間だね。それに世界のトップクラスの機材を80年代からずっと集めている場所でもある。プロデューサーとしてもミュージシャンとしても、間違いなく僕のお気に入りのスタジオの1つだよ」
――そのヒュー・パジャムが参加することになった経緯を教えてください。ギアボックスの作品では2021年のグラハム・コステロのアルバム『Second Lives』にも彼が携わっていますね。
モーゼス「レーベルのダレルが友達で、彼が僕たちと仕事をするようにヒューを誘ってくれたんだ。彼は最高に紳士で良いやつで、スタジオでのエンジニアとしての振る舞いも完璧だった。彼はカオスが蔓延しているときに冷静な判断ができる人なんだ。とても理性的で冷静で、でも率直で。その道の達人だね。
それに彼と一緒にいるのは本当に楽しくてさ。ポップスターや伝説的な人たちの話もたくさん聞けた。でも彼本人は地に足がついてる感じで、知名度なんて全然気にしてなくてね。とにかくいま目の前で起きていることに関心があって、音楽を作って最高の形で実現することに集中してくれたんだ」
ビンカー「もしかしたら少しモーゼスと似てるかも。僕とモーゼスの性格を比べると、僕はすぐに〈なんで上手くいかないんだ?〉ってイライラしはじめるんだけど、モーゼスはもっと穏やかなんだよね。ヒューもそんな感じ。すごく良いやつで僕らと対等に付き合ってくれたし、レコーディングで上手くいかない部分があっても、彼は常に冷静に〈気にしないで大丈夫、直せるさ〉って言ってくれたんだ。
そんなふうにすべてが順調だったんだけど、3日間のレコーディングの最終日、スタジオのコンピューター上のトラックのリストと、実際にレコーディングしたトラックのリストを同期させる段階で、コンピューター側の番号とトラック側の番号の付け方が違うことがわかったんだ。最後の最後にね。とは言っても、どちらかを直せば良いだけのことだから、せいぜい30分かそこらの作業だろう……と僕らは落ち着いてたんだけど、ヒューがめちゃくちゃ取り乱してしまってね(笑)。〈こんなの悪夢だ! ひどい! 信じられない!〉みたいに狼狽して、しまいには〈最初から全部やり直さなきゃ……〉とか言い出すから、〈いやいや、番号を直せば良いだけだよ!〉って説得したんだ。本当に可笑しかったよ。モーゼスがギグに行って、スネアドラムが上下逆さまに置かれてただけで大騒ぎするようなものだからね(笑)。もちろん、ヒューが嫌なやつって話じゃなくて、ただ笑えたという話」
――(笑)。
ビンカー「レコーディング初日の少なくとも80%は機材のセットアップに費やしたんだ。演奏して最初の音を出すまで僕ら3人以外は誰も僕らの狙いを知らなかった。1日のほとんどが終わっても何も起きなくて、みんな〈大丈夫?〉という感じで、ダレルは間違いなくストレスだったと思う。ヒューは冷静に見えたけど、部屋の中には本当に大量の電子機器があったから、もし僕が彼だったら〈このバンドはコンピューターや電子機器に頼って演奏するんだな〉と考えたと思う。本物のミュージシャンかどうかもわからなかったかもな」
人間が機械に追いついて、調和を実現した世界
――〈Feeding The Machine〉というタイトルの〈The Machine〉とは何を指しているのでしょうか?
モーゼス「まずは本当に文字通りの意味。このアルバムは〈機械に音を食べさせる〉ことで出来たアルバムだからね。ある意味ではスタジオに入る前から持っていたコンセプトだ。でも、すべてのアルバムに対して、リスナーはそれを自由に解釈する権利があると僕は思う。だから他人がどう解釈したとしても、それが間違っているとは言いたくない。そういえばこの間、シールの“Kiss From A Rose”がコカインについての曲だって知ったんだ」
ビンカー「ハハッ(笑)」
モーゼス「僕はそれを子供の頃から聴いていたから、ある意味で間違って解釈していたわけ。でも、同じものに対して異なる視点を持つことができるってすごく良いことだと思うんだよね」
ビンカー「タイトルはモーゼスのアイデアだよ。もともとのコンセプトを思いついたのも彼だし、僕はどっちもすごく気に入ってる。スタジオで使ったマシンとかそういうのも全部ね。
でも、僕自身、このアルバムを何度か聴いて振り返ってみると、たぶん僕にとってこのアルバムの主題は、機械の時代に生きていることと関係しているんだと思う。あらゆるものがデジタル化されてコンピューターで会話を交わす時代だから、もしかしたら人間らしさが失われつつあるのかもしれない。かと言って、テクノロジーや機械が消え去ることはないから、僕たちは人間として、それを制御して問題を解決する方法を考えなければいけない。テクノロジーと共存する方法を見つける必要があるんだ。
ちょっと大袈裟だけど、この新作が、そういうことについてのアルバムだったら良いなと思ってる。〈人間が機械に追いついて、それをコントロールして調和を実現する世界〉を音楽を通して描いたアルバムなんじゃないかな。いまはそんなふうに感じているんだ」
RELEASE INFORMATION

リリース日:2022年2月25日
配信リンク:https://orcd.co/feeding_the_machine
TRACKLIST
1. Asynchronous Intervals
2. Active-Multiple-Fetish-Overlord
3. Accelerometer Overdose
4. Feed Infinite
5. After The Machine Settles
6. Because Because
