「人間というものは恥ずかしい生き物だと思っています」
――浅野いにおの私小説的漫画を竹中直人監督が映画化

 これまで数多くの文学や映画が、一人の人間が転落していくドラマを描いてきた。人はすべてを失うことに怯えながらも、そうなることに憧れのようなものを感じているのかもしれない。自分の情けなさがさらけ出されていく主人公の姿には、どこか開放感がある。そんな“堕ちる人”を真っ正面から描いたのが、竹中直人監督の映画『零落』だ。原作は浅野いにおのコミックで、実体験をもとにした私小説的作品ということで刊行当時大きな話題をよんだ。転落していく人気漫画家、深澤を演じるのは斎藤工。『零落』は以前から愛読書だったという。

 「『零落』は引っ越しをする時も捨てずに、いつも必ず本棚に置いてあるくらい好きな作品でした。そういう話を竹中さんにしたことがあるので、この役を信頼して任せてくれたのかもしれませんね。話を頂いた時、竹中さんが以前、つげ義春先生の『無能の人』を映画化した必然みたいなものが、今回の映画化にもあるように思えたんです」

 竹中の監督デビュー作となった『無能の人』は、世捨て人的な漫画家の無能ぶりをペーソスやユーモアを交えて描き出していた。人間の弱さを見つめる眼差しは、竹中作品に一貫するテーマだが、そんな竹中が『零落』を映画化したのは確かに必然と言えるかもしれない。

 「僕は人間というものは恥ずかしい生き物だと思っていて。竹中さん、浅野さん、そして僕も、どこか恥ずかしいことを表現に結びつけているようなところがあるようにな気がしています。でも、最近の世間の風潮は、そういう恥ずかしさを隠して自分を綺麗に整えて人に見せようとする。そういう時代のおぞましさを、竹中さんや浅野さんは感じていらっしゃるんじゃないかなって思いました」

©2023 浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会

 人気漫画家だった深澤は、連載が終了したことをきっかけに創作の気力を失い、若手作家の作品に毒づき、編集者の妻とケンカしてばかり。やがて風俗にハマった深澤は、そこで出会った風俗嬢、ちふゆにのめり込んでいく。新作に手をつけることができず、嫉妬したり、甘えたり、色に溺れたり。深澤のやることは恥ずかしいことのオンパレードだが、そんな深澤を斎藤は抑えたテンションで演技。声や表情に微妙なニュアンスを加えることで深澤の感情の変化を表現している。今回、役作りの参考にしたのは原作者の浅野だという。

 「撮影に入る前から、浅野さんのYouTubeが好きで見ていたんです。そこでは浅野さんが仕事をしている様子をライヴ中継しているんですけど、浅野さんがボソボソ喋っている声とかテンポが心地良くて。アンビエント・ミュージックみたいに、その声を聞いていたんです。それを真似しようとしたわけではないんですけど、影響は受けていると思います。浅野さんの頭の中では、ひとつの目的に向けて時間が流れているんだけど、外から見たら何を考えているのかわからない。話が途中から始まって、尻切れとんぼで終わってしまうように聞こえるようなところがあるんですよね」

 その一方で、細かい役作りはせず、素の自分を残しておくことを意識したと斎藤は言う。

 「原作を初めて読んだ時、深澤と自分の間に通じるところがたくさんあると思ったんです。だから緻密に役を作り上げるのではなく、自分の心を深澤と地続きにしておこうと思いました。演技した顔ではなく、帰り道に一人になった時の表情を見せるというか。カメラがまわるとスイッチが入る、という役者さんもいらっしゃるかと思いますが、今回は映画のために何かを立ち上げる、という機能はオフにしておこうと思いました。竹中組の作品はほぼリテイク無し。一回戦しかないので、赤点ギリギリでクリアして撮影が進んで行くこともあるんですけど、この作品は高得点を取るのが正解じゃない、と思ったんですよね」

 深澤であると同時に、斎藤工でもあり続ける。そうすることで自分のなかの情けなさをさらけ出して、堕ちる男を鮮烈にスクリーンに刻み込んだ斎藤。そんな彼が試写を見て「いちばん心震えた」のは、サントラを担当した志磨遼平のバンド、ドレスコーズが歌う主題歌《ドレミ》が流れた瞬間だったという。志磨は役者として出演もしていて、この作品に深く関わっている。それだけに音楽がドラマにしっかりと寄り添っているが、音楽を大切にしているのも竹中作品の特徴だ。

 「志磨さんは竹中さんの次くらいに、この作品に関わった時間が長いと思います。竹中さんの作品はとても音楽的で、音をすごく信頼して映画を作っている。今回の映画も、志磨さんの音楽が作品全体を統括していて、最後に《ドレミ》が流れた瞬間、いびつなものの辻褄が全部あっていくような気がしたんです。そういうことができるのって音楽だけなんですよね。サントラが映画で大きな役割を持っている。それくらい監督が音楽を信頼しているというのはとても健全なことだと思います。4月には志磨さんをはじめ、映画に関わった人たちを集めてライヴ的なイヴェントをやりたいと思っているんですよね」

 このイヴェントは斎藤の発案で行われることになったとか。「決められた宣伝だけではなく、この作品だからこそできる宣伝のやり方があるんじゃないかと思って」と言う斎藤の姿勢から映画へ強い想いが伝わってくる。堕ちていく人間を通じて、きれいごとでは片付けられない人生を描いた『零落』。斎藤が演じた深澤の情けなさ、業の深さにこそ、生きる力を感じた。

 


MOVIE INFORMATION
映画『零落』
出演:斎藤工
趣里 MEGUMI
⼭下リオ ⼟佐和成 永積崇 信江勇 宮﨑⾹蓮
⽟城ティナ / 安達祐実
原作:浅野いにお「零落」(小学館 ビッグスペリオールコミックス刊)
監督:竹中直人
脚本:倉持裕
⾳楽:志磨遼平(ドレスコーズ)
主題歌:ドレスコーズ「ドレミ」(EVIL LINE RECORDS)
製作幹事・配給:⽇活/ハピネットファントム・スタジオ
製作:「零落」製作委員会(⽇活/ハピネットファントム・スタジオ/⼩学館)(2022 年 ⽇本 128 分 PG12)
©2023 浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会
2023年3⽉17⽇(⾦)テアトル新宿ほか全国ロードショー
happinet-phantom.com/reiraku/

 


LIVE INFORMATION
零落ナイト
2023年3月17日公開映画『零落』。出演者・監督・スタッフや『零落』に関わったミュージシャンが結集。ハナレグミ・スカパラ・ドレスコーズのパフォーマンスに加え、竹中直人・斎藤工・MEGUMIのトークショーが実現! DJ高木完が彩りを添えるワンナイト。合言葉は「#零落したい」
2023年4月4日(火)東京・恵比寿 LIQUIDROOM
開場/開演:18:00/19:00
出演:竹中 直人/斎藤 工/MEGUMI
ライブ出演:ハナレグミ/東京スカパラダイスオーケストラ/ドレスコーズ
DJ:高木 完
https://www.liquidroom.net/