ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室……ではなく、タワレコ某店のロック・コーナーであります。おや、見慣れた顔がそれぞれ別方向から歩いてきましたよ。

【今月のレポート盤】

BEN WATT North Marine Drive Cherry Red(1983)

 

天空海音「こんなところでノビに会うとは!」

野比甚八「バイト代が入ったからよ、気になっていた作品をいろいろゲットしようって寸法でい」

天空「あれ? エヴリシング・バット・ザ・ガール関連の紙ジャケ盤が大きく展開されているでござるよ」

野比「84年の初作『Eden』に、トレイシー・ソーンの82年作『A Distant Shore』、そしてベン・ワットの83年作『North Marine Drive』とくりゃ、チェリー・レッドに残した活動初期の名品3枚が揃い踏みってことだぜい」

天空「〈今回のアートワークはベン・ワット本人が監修〉とPOPに書いてあるでござる。言われてみればジャケの発色が既存のCDと比べてもオリジナルLPに忠実でござるな」

野比「おうよ! それに歌詞対訳も修正しているらしいぜ。これはチェックしておかないとな!」

天空「ところでチェリー・レッドと言えば、80年代のニューウェイヴ期に台頭したUKのインディー・レーベルとしてラフ・トレードと並ぶ超重要な存在でござる」

野比「ネオアコ/ギター・ポップ集団のように思われがちだがよ、実際は多彩なラインアップだったんだよな」

天空「そもそも、〈ネオアコ〉という造語は日本でしか通用しないでござる」

野比「欧州では〈ニュー・センシティヴィティー〉なんて呼ばれていたんだっけか? まあ、この3作品がアコースティックを基調としているのは確かだし、非ロック的なスタイルを採り入れて繊細な音を奏でていることも間違いねえ」

天空「パンクが否定したフォークやジャズ、ラテン音楽などでござるな。特に『North Marine Drive』はそうした要素を見事なほど自己流に昇華しているでござる」

野比「ここでのボサノヴァ曲は本場志向よりも借り物感が強く、英国青年らしい湿り気と蒼さと感傷がたまらねえよ」

天空「パンクという大波が過ぎた後の、虚脱感めいた雰囲気も漂っているでござる。どこか冷めているというか……」

野比「その感覚こそが、当時のリスナーにとってリアルなものだったんだと思うぜ」

天空「演奏もアマチュアっぽいでござるしね。何せ、ベンのアコギとピアノに、ピーター・ヤングのサックスだけというシンプルな編成でござるからな」

野比「70年代までのUKにはなかった新しいタイプのシンガー・ソングライター像を作り上げたんじゃねえかな」

天空「彼の登場がなければインディー・ロックの可能性はもっと狭められていたように思うでござる。もちろん、ベル&セバスチャンやキングス・オブ・コンヴィニエンスのような正統的なフォロワーも存在しなかったはず。地味なようでいて実は凄い男なのでござるな」

スタッフ「いらっしゃいませ! お二人とも詳しいですね~」

野比「ちっす! 一応、これでもロッ研の端くれっすから」

スタッフ「ロッ研? ところで今回のリイシューはタワレコとチェリー・レッドとの完全タッグによって実現したものなんですよ。ちなみにこれが第1弾です」

天空「すると、今後もシリーズ化されていくのでござるか?」

スタッフ「はい。第2弾、第3弾も予定していますので、ご注目ください。おっと、デート中にお邪魔いたしました!」

天空「誤解でござる」

野比「冗談にも程があるぜ」

 かつてのベン・ワットとトレイシー・ソーンのように、いままさに青春の只中にいる1年生コンビがちょっと眩しく思える夕暮れ時でした。 【つづく】