Photo by Thomas Keip
 

ここに掲載するインタビューは、旧東ドイツ出身のピアニスト、ヘニング・シュミートが2021年9月にリリースしたピアノソロアルバム『Piano Diary』に合わせて、音楽ライターの小室敬幸が行ったものだ。ところが諸般の事情で発表タイミングでの公開ができず、この度『Piano Diary』の姉妹編的な作品『Piano Miniatures』の完成を機に、Mikiki編集部による追加の質問を加えた形で陽の目を見ることになった。

当初の予定より公開は遅れてしまったが、小室が丹念に訊き出したシュミートの音楽半生、エレクトロニックミュージックへの関心やポストクラシカルを含むクラシック音楽への批判的な眼差しなど、いま読んでも興味深い内容になっている。インタビューを通して、シュミートの哲学に触れていただきたい。そして、パンデミック下の静かな生活をエレガントな調べで描いた『Piano Diary』と子ども時代の思い出を音に映した『Piano Miniatures』に耳を傾けてほしい。 *Mikiki編集部

HENNING SCHMIEDT 『Piano Diary』 flau(2021)

HENNING SCHMIEDT 『Piano Miniatures』 flau(2022)

 

バッハ、ショスタコーヴィチ、キース・ジャレット――若きシュミートが感銘を受けた音楽家たち

――ヘニング・シュミートさんの音楽は特定のジャンルで括ることができないものですが、これまでにどんな音楽に魅せられ、影響を受けてきたのでしょうか?

「私は(チェコとの国境線に近い)ドイツのエルツ山地にある小さな町で、牧師の息子として育ちました。音楽文化に活気があったこの街には、巨大なオルガンを備えた結構大きな教会があって、ヨハン・セバスティアン・バッハのモテット、オラトリオ、カンタータなどを4歳から礼拝で聴いたり、7歳からは児童合唱団の一員として歌ったりしていました。同じ頃からピアノも弾くようになったので、徐々にいろんな曲を演奏しましたね。バッハの音楽はいつも私の周りにあったんです。

きっと私だけでなく、多くの音楽家がバッハの音楽に対して、精密さと数学的な必然性に魅了されているはずです。細部に至るまですべての声部が完璧に作り込まれたポリフォニー(多声音楽)の驚くべき複雑さには、目を見張るものがありますから。加えて、バッハの音楽がもつ曲がりくねったハーモニーや、彼のメロディーを動機(モチーフ)として理解することは、私にとって癒やしであり、健康によいのです。感情的に揺さぶられる、深くて崇高な自己像をもたらしてくれます。

特に好きなのは“平均律クラヴィーア曲集”や“ゴルトベルク変奏曲”(できればグレン・グールドの録音で……)、“クリスマス・オラトリオ”に“マタイ受難曲”、カンタータなら“主よ、人の望みの喜びよ”や“神の時こそいと良き時”など。あとは、オトマール・スイトナー指揮のベルリン・シュターツカペレで聴いた4つの管弦楽組曲や、6つのブランデンブルク協奏曲ですね」

バッハの“ゴルトベルク変奏曲”を解釈した2020年作『Schlafen』収録曲“Und Ausatmen”
 

――他にも若い頃、特に大きく心を震わせた音楽はありますか?

「12歳のときにとても感動したのがショスタコーヴィチの交響曲第7番“レニングラード”(1941年)です。第二次世界大戦のさなか、ドイツ軍に包囲されて飢餓の危機に陥ったこの大都市の運命が、音のドキュメントとして凝縮されています。スターリンの独裁政権下でルールを覆しながら生き延び、適応していった芸術家であるショスタコーヴィチに、私は常に魅了されてきました。

何故なら、私も人生の最初の20年間は鉄のカーテンの向こう側にあった独裁国家(東ドイツ)で生まれ育ったからです。その頃から私は平和運動に積極的で、共産主義の青年・準軍事組織への参加を拒否し、軍隊での兵役も拒否しました。当時は東西に分割されていたドイツ、どちらにも核兵器が配備されていて、冷戦が全世界にとって差し迫った脅威であると感じられる時代でした。

今でも私にとって音楽における自由や自己決定による創造性といった考えは、非常に重要なものなのです。そして、シェーンベルクの系譜を継ぐ無調音楽やセリエル(音列)音楽に対して、ショスタコーヴィチは調性音楽を書き続けた作曲家でもありました。私はメロディーや音楽の動機(モチーフ)が作曲家の本質であり、〈指紋〉になりえるものだと信じています。

あと、作曲家ではありませんが、偉大な指揮者でありヒューマニストであるクルト・マズア(1927〜2015年)は私の家族と親しく、音楽について多くのことを教えてくれました」

――クラシック音楽以外では、キース・ジャレットの音楽に若い頃から感銘を受けてきたそうですね。

「キース・ジャレットのサウンドがバッハと同じように私を感動させたのは、14歳の頃でした。彼の音楽からは、偉大で崇高な癒しの力が発せられていると思います。彼ほど、信じがたいほどに素晴らしい流れを持った演奏ができる人を知りません。音楽的視野は息を呑むほど広く、バッハのように複数の声部で即興演奏をすることができます。即興演奏では賛美歌、ゴスペル、ジャズ、バッハのフーガ風であったり、ジャンルとジャンルの間を難なく行き来することができますが、彼の音楽は常に均質で本物であると感じられるんです。アルバムでは『Bremen / Lausanne Concert』(73年)、『Belonging』(74年)、『My Song』(77年)、『Standards Vol. 1』(83年)、『Sun Bear Concerts』(76年)などが好きです」

 

若かりし頃のヘニング・シュミート
 

ジャズやフュージョンの演奏を経て、クラシック/現代音楽の作曲家ミキス・テオドラキスと出会う

――その当時、10代半ばの頃は、ご自身の演奏・作曲活動としてはどんな経験をされていたんですか? 

「80年、14歳ぐらいからバンド活動を始めたのですが、参加したバンドが持っていたARPやミニモーグなどのシンセサイザーを試すことができました。これらの楽器は希少で高価なものであり、闇市でさえ簡単に購入できません。というのも西側の楽器を買うための通貨(ドルやドイツマルクといった外国貨幣)を使うと法律違反になるため、危険だったんです。

そうでした、初めて自分のものとなったシンセサイザーは、CASIOのMT-31(81年発売)で、とてもチャーミングで、かわいいお供になってくれましたね。84年には西ドイツに住む祖父母がKORG POLY-61(82年発売/デジタル制御されたオシレーターを持つハイブリッドなアナログシンセサイザー)を送ってくれました。85年にFM音源のデジタルシンセサイザーであるYAMAHA DX7(83年発売)を手に入れたときは、何週間も夢中になって新しいサウンドをプログラムしましたよ。

当時の私はジャズがやりたかったので、85年に(ジャズギタリストである兄のヴォルフスブルクが先に加入していた)卒業したての音楽学生による〈East Berlin Guest Orchestra College〉というジャズ編成のオーケストラに加わりました。87年にベルギーのブリュッセルで国際フェスティバルの賞を獲得できたことで、奇跡的に諜報機関の承認がおり、私は海外旅行ができるようになりました。この頃は(80年代の)マイルス・デイヴィス・バンドやラウンジ・リザーズのようなスタイルで、私は主にシンセサイザーを弾いていたんです。だけどバンド活動をやめてからは、ライブでキーボードを演奏することはなくなってしまいましたね」

――ここまで聞かせてくださったように、もともとはジャズやフュージョン的な音楽を演奏していたシュミートさんですが、クラシックや現代音楽の世界で知られているギリシャの作曲家、ミキス・テオドラキスと共演するようになったのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

「オリヴィエ・メシアンやピエール・ブーレーズ、イアニス・クセナキスにも師事していたテオドラキスは、独裁者に政治的抵抗をしたことや、映画『その男ゾルバ』(64年)の音楽を手掛けたことで有名です。ベルリンの壁崩壊(89年11月9日)のあと、彼は90年に東ベルリンにやってきて、スタジオでアルバム『Theodorakis Sings Theodorakis』をレコーディングしたのですが、このときに友人からセッションピアニストとして手伝ってくれないかと頼まれたんです。

熟練した指揮者であるミキスは、歌っているときにも指揮をする習慣があり、彼と一緒に演奏するのはとても自然で簡単でした。その3か月後、ミキスのヨーロッパツアーに参加しないかという電話がかかってきて、それから数年ほど海外ツアーのピアニストを務めました。当時、彼はギリシャで大臣を務めていたので、ボディーガードも付き添っていましたね。

95年にはミキスから未発表の自筆譜を渡されたんです。私はその旋律を編曲するだけでなく、アンサンブルのリハーサルを行ったり、レコーディングをしてくれるスタジオとレコード会社を探したりもしました。その後も、彼のためにたくさんのアレンジやアルバムでの演奏をさせてもらいましたね」

ヘニング・シュミートとミキス・テオドラキス
 

――シュミートさんは彼の音楽のどんなところに惹かれ、影響を受けたのでしょう?

「私の見解では、おそらくテオドラキスこそが20世紀で最も重要なメロディスト(旋律作家)なのです。交響曲、オペラ、オラトリオ、たくさんの歌曲、劇場音楽、映画音楽、フォークミュージック、更には電子音楽まで……。想像しうるあらゆる分野に彼は音楽を残しているのですが、それらの音楽は、古典的なヨーロッパの交響楽、古代ビザンチンの音階、活き活きとしたギリシャの民謡などが源泉になっていました。

彼と一緒に仕事をしてみると、旋律と歌詞に手を入れることは絶対に許されないのですが――それはテオドラキスの音楽において不変の真髄なのです――、それ以外はまったく禁止事項がなくて、彼の心の広さとどこまでも任せてくれることに心を奪われました。このコラボレーションの好例といえるのが、ミキスが最初の若書き作品をみずから歌ったアルバム『First Songs』(2005年)で、彼の連作歌曲を私がピアノとチェロのために編曲したアルバム『East Of The Aegean』(2008年)でも同じことがいえます」

ミキス・テオドラキスの2008年作『East Of The Aegean』収録曲“Hromata Thalassina”
 

 

自分自身との対話こそが創作の根源

――いま、挙げてくださったアルバム『East Of The Aegean』をリリースした2008年、シュミートさんは自身のソロアルバム『Klavierraum』をリリースしていますね。

「その前、2001年に『Bilder Musik Zu Kurt Weill』というソロアルバムも出しているのですが、これはスクリーンに映写されたクルト・ヴァイルのドキュメンタリー映画を観ながら、即興で作ったものなのです。映画のサウンドトラックみたいなものなので、実質的には2004年に録音した『Klavierraum』こそが最初のソロアルバムといえます。そしてこのときに初めて、電気的な異化効果やループを試みました。もともとは妊娠中の妻のために作ったプライベートな瞑想曲で、公に発表するつもりはなかったんですよ。『Wolken』(2009年)がflauレーベルからの発売を前提にした、最初のアルバムです」

2008年作『Klavierraum』収録曲“Mit Dem Schneebesen!”
 

――『Klavierraum』から新作の『Piano Diary』(2021)に至る変遷を辿っていくと、シュミートさんの一貫した個性を感じると共に、音楽自体はとても多様であることに驚かされました。この十数年を振り返ってみて、シュミートさんご自身としては〈変わったこと〉と〈変わらないこと〉、どちらのほうが多いように感じられますか?

「コアは変わっていないと思います。変わったことといえば、20年前に比べて、今のほうがゆっくりしていてシンプルで、忙しくないものが好きになったことぐらいでしょうか。しかし、これは状況に大きく左右されます。大きくてダイナミックな都市にいると、ゆっくりとしたシンプルな構造にしたくなるのです。

すべてのソロアルバムにおいて、私の衝動となっているのは自分自身と対話し、自分のクリエイティビティーについて確信をもつことです。だからこそ、多くの作品がとても瞑想的な効果を持つのです。即興で作曲するという私の考えもずっと変わっていません。レコーディングの前に曲を書き留めておくことはほとんどありませんが、楽曲の構成、リズム、モチーフ、テンポの曲想といった観点から始める既成のアルゴリズムがあるんです」

――もうちょっと具体的にいうと、それはどのようなものなのでしょう?

[アルゴリズムとは、情報の抽象的なパターンのことで、ほとんどのものをアルゴリズムで表現することができます。作曲においては、例えば〈ポップソングの4コード進行(I–V–VI–IV)〉のようなパターンをアルゴリズムで表現するには、そのパターンを即興で作曲するための始まりとして、調性や配置(ヴォイシング)などの特徴を1つか2つ変えるんです。そうすると既知の構造とわずかの新しい情報が混ざり合うことで緊張感が生まれ、新たなインスピレーションへと導いてくれます。アルゴリズムの見事なお手本といえるのが、『ピタゴラスイッチ』のアルバムに収録されている“アルゴリズムこうしん”ですね。

緊張感が大事なので、私はファーストテイクが大好きなんです。サウンドを認識する瞬間、手つかずの雪景色にそっと足を踏み入れるような感覚は、私がいつも音楽に求める魔法のようなものです。その音楽のキャラクターが私の心に響けば、さほどではない技術的な不確かさやリズムのつまずきを許容することができます。

この手法を、長年かけて少しずつ完成させてきたからでしょう。今では非常に構造的で、巧みに構成されているように思われる楽曲でも、自然発生的に演奏できるようになりました。それに対して、自分の過去のアルバムを聴くときの感覚はいつも一緒で、初期作であっても、成熟しているという意味で、特定の時代に縛られない古典的なものに感じられます。〈現在の自分なら違った演奏をするだろう〉と思うことは、ほとんどないんです」

 

Photo by Thomas Keip
 

ポストクラシカルと呼ばれるのは快いことではない

――『Klavierraum』からポストプロダクションで、電気的な異化効果やループを取り入れるようになったということですが、それには何かきっかけがあったのでしょうか?

「『Klavierraum』は2004年に録音したのですが、その数年前からベルリンで活動している前衛的な音楽家/作曲家のヤネク・ジーゲレとコラボレーションするようになり、彼から影響や刺激を受けました。そのなかで機材を使ったノイズやエレクトロニクスの美しさについて多くを学んだのです。例を挙げると、私の持っていたLexicon PCM 80 FX(デジタルエフェクトプロセッサー)を、彼はレゾネーターとして使い、あらゆるアコースティックな音源から、調整ができる非常に素晴らしいドローン(持続音)を生み出せたんですよ。それをライブリミックスとして生のコンサートで使用しました。

その頃の私にとって、電子楽器を普通に演奏することは、あまりにも意外性がなくて退屈に感じていたので、ヤネクのアプローチはとても刺激的でした。ナチュラルなアコースティック音源をベースに電気的に作られたアンビエント的なドローンの放つ、崇高でありながらどこか冷めたところに私は惹かれたんです。当時はまだ、ポストクラシカルという言葉は生まれていなかったと思いますし、この方向性を試しているミュージシャンを他には知りませんでした]

――実際には、どのようにアンビエント的なドローンを加えていくのですか?

「私は普段、DAWのLogicを使用して作業を進めるのですが、最初の一歩として(これまで語ってきたようにアルゴリズムやムード、モチーフなどを出発点に)即興で作曲した楽曲を録音します。演奏中はポストプロダクションのことを考えず、その場に身をゆだねるようにすることで、私はいつも音楽が単独で存在でき、それだけで完結するように録音しています。ジャンルは意識しませんが、特定のジャンルに当てはまることも避けています。創造的な流れが重要なので、この段階では編集しません。

録音後の段階になってようやく編集のインスピレーションがやってきて、錬金術のような精製のプロセスが始まります。まずは録音したものを聴いて、選別。そして選ばれたテイクを例えば、ドラマ、形式、リズムの明確さ、空間デザイン、電子音のレベル、異化効果など、異なる観点から順々に編集していきます。気に入った構造を見つけたら、人工的な空間残響やディレイ、もしくは(編集中の)楽曲と同じ素材で作られていて同質に聴こえる電子音などを、追加するかどうか決めるのです」

――電子音響を用いるミュージシャンでは、どんな方がお好きですか?

「rei harakami、ライル・メイズ、ブライアン・イーノ、武満徹ですね」

――クラシック音楽的なアコースティックなサウンドと、エレクトロニカ的なサウンドを融合させた音楽は現在、ポストクラシカルと呼ばれて人気を博しています。

「音楽をカテゴリーごとに分類するため、レッテルを貼ることが業界として必要なことは理解できます。でも作曲家の多くは、この分類を快く思っていないことが多いのではないでしょうか。私も例外ではありません。何故なら、非常に多様な影響を受けたものが混ざっている私の音楽に、自分自身でさえ名付けることができないからです。

クラシック、合唱、フォーク、ジャズが子ども時代からのルーツです。ジャズ――何より自由な即興演奏――は、共産主義の東ドイツで非常に人気があって、私に自由を約束してくれました。それに対してクラシック音楽は、過去100年の間で偉大な作曲家や演奏家が自然なボキャブラリーとして持っていた即興演奏を放棄したために、自発性、新鮮さ、創造的なエネルギーを失ったと思っているのです。ヘルマン・ヘッセは小説『ガラス玉演戯』(1943年)において、この問題を見事に表現しています。

ポストクラシカルが成功しているのは、クラシック音楽や厳格な現代音楽が残したこのすき間に進出し、新鮮で真正なサウンドを求めるニーズを満たしているからかもしれません。ポストクラシカルというのは比較的新しい言葉ですが、クラシック音楽から生まれた多くの語法の宝庫であると同時に、現代音楽とは違って、現代のポップカルチャーに繋がっています。

私もたまにポストクラシカルと呼ばれる作曲家の音楽を聴くことはありますが、それよりもショスタコーヴィチ、ニルヴァーナ、レディオヘッド、チャールズ・ロイド、ジェルジュ・リゲティ、アルヴォ・ペルト、rei harakami……などの他者(自分と遠く離れたジャンルや作曲家)からインスピレーションを得ることは、とてもエキサイティングなことです。ポップミュージックの比較的シンプルな楽曲からディテールやアルゴリズムを抽出することは、とても楽しいですよ。シンプルであることは、私にとって必要不可欠な要素なのです」

 

Photo by Thomas Keip
 

リビングルームにあるピアノとその周りの環境音から生まれた『Piano Diary』

――今回のアルバム『Piano Diary』はご自宅のアップライトピアノで録音されたとのことですが、シュミートさん自身の感覚としてはグランドピアノとはどんな違いがあるのでしょうか?

「ほとんどのピアニストが高品質のコンサートグランドピアノで録音していますし、私も自分の作品の多くをグランドピアノで録音してきました。グランドピアノを好きな理由は、その音色、ダイナミクス、精密さ、そして大きくて温和な動物を連想させる視覚的な外観にあります。この美しい楽器の音と柔軟性が大好きなのです。

しかし、一見劣っているようにみえるアップライトピアノのような楽器のサウンドから生まれる、インスピレーションや新鮮さも私は好きなんですよ。より親密なサウンドを持っていますし、(マフラーペダルを踏んだときの)フェルトの被さった音色が可能性を豊かにしてくれます。また、アマチュアミュージシャンもそのサウンドに慣れ親しんでいますから、コンサートピアニストと聴衆の間の感情的、職業的な距離を埋めることができます。だから私は、自宅に両方の楽器を置いているのです」

――とはいえ、アルバムを通して聴ける音色は、普通のアップライトピアノの音色よりもくぐもっていて、更にはノイジーな機械音が混じり合っていたりと、独自のサウンドになっていて、ジョン・ケージのプリペアードピアノを思い起こしました。このサウンドは、マイクのセッティングによって作り出されているのでしょうか。

「そうです、ジョン・ケージはインスピレーションのひとつなのです。彼はそのプリパレーション(準備)を通して、打楽器やサウンドの源泉としてピアノを再考する方法を確立しました。もちろん、マイクの位置もアルバムのサウンドに大きく影響します。楽器のフロントパネルを外し、ピアノの内部機構にできるだけ近い位置にマイクを設置することで、機械的な背景ノイズをできるだけ多く集音できるようにしました。

何世紀にもわたって行われてきたピアノの改良では、背景ノイズを減らす試みがなされてきました。その結果として生まれた現代のコンサートグランドピアノは、(ノイズから)分離された純粋なサウンドのマスターピースなのです。しかし、この純粋なサウンドという考え方は、昔からあったわけではありません。通常、古楽器は(現代の楽器と比べて)音が小さくて、雑音の割合が多いのです。『Piano Diary』では、プロフェッショナルに隔離されたレコーディングスタジオの楽器ではなく、リビングルームにあるピアノを日常のレコーディングに使用しました」

2021年作『Piano Diary』収録曲“Late”
 

――確かに“Thursday 7th”で規則的なリズムで擦れる音が聴こえてくると、まるでマラカスが鳴っているかのようで面白いです。あるいは“Midnight”のように、ピアノ演奏以外の音が混じりこんでくると、スティーヴ・ライヒのテープ作品『It’s Gonna Rain』(65年)や『Come Out』(66年)におけるパーカッシブな音響のように聴こえてきて新鮮でした。

「私はスティーヴ・ライヒの音楽が大好きです。彼の“Piano Phase”(69年)や“Music For 18 Musicians”(76年)は、集中力や瞑想のための素晴らしい作品です。私の音楽があなたにライヒを思い出させてくれるなんて、とても嬉しいです。

先ほども述べたように、機械の音をできるだけ拾うようにマイクを設置していますので、どちらも意図的なものです。ピアノはその機構上、規則的なリズミカルな擦過音が発生しますが、オーガニックな機械であるかのようで良いですね。“Midnight”ではピアノの機械音だけでなく、近くの道路工事現場のシャベルの音が聴こえてきます。ノイズは偶然入ったものなのですが、こういった雰囲気のある音が好きなのと、隔離されていない部屋が好きなので、あえて背景のノイズを許容し、レタッチはしませんでした。

望ましい副産物となったノイズは、開け放たれた窓から入ってきた車の走行音、通行人の声、鳥の鳴き声などで、高感度なマイクで録音されました。この結果を気に入っているのは、伝統的な日本庭園を思い起こさせるコンセプトだからです。非常に人工的で美しくデザインされた庭園が、自然の風景のなかに組み込まれていますよね。だから私の音楽も自然のアンビエントノイズと組み合わさることを願っています。ちなみに“Midnight”は真夜中ではなく、朝の9時に録音しました(笑)。しかし私にとって、時間とサウンドが真夜中の特性を持っているように思われるのです。他の楽曲も聴いたときに何を感じるかで、個々のタイトルを決めました」

2021年作『Piano Diary』収録曲“Midnight”
 

――『Piano Diary』は〈an acoustic piano diary〉というコンセプトで、毎日のように録音を重ねていったそうですが、他の曲はどんな時間帯に録音されたのでしょう?

「ほとんどのレコーディングは朝に行いました。この時間が大好きなのは、脳がまだ白紙のような状態であるからです。ただしポストプロダクションはレコーディングしたその日ではなく、かなり後に作業しました」

――最後に、アルバム全体の曲順や構成を決めるとき、意識されていることはありますか?

「まずは良いコンサートと同様で、アルバムにも人の気持ちを惹きつける、象徴的なオープニング曲が必要です。続く2つの楽曲には、アルバムの領域範囲を様式上にも、ダイナミズムにも、そして躍動感にも反映させなければなりません。曲の移り変わりには、リラックスした呼吸が必要ですし、連続する楽曲の調は可能な限り下げないようにします。そして最後の曲は、アルバムのレジュメ(要約)であり、エピローグにもなり得るようにします。

媒体の選択もまた、作劇(ドラマトゥルギー)と楽曲のセレクションに重要な役割を果たします。レコードはA面とB面それぞれに内的なドラマを必要とし、アルバムの長さは40~45分に制限されます。いずれにせよ、レコーディングしたアーティストにとってはアルバムすべてが最も重要な表現になっているので、アルバムの作劇構成は難問だと思います」

――ここまで伺ってきたように、多様な音楽の要素が混じっているのに、シュミートさんのピアノ演奏を通して聴くと統一感が感じられるのが、非常に興味深いです。

「ルーツとなる音楽を、自分の音楽言語にするのが私の理想です」

 

ヘニング・シュミートのホームスタジオ
 

無邪気で温かな幼少期の記憶を映した『Piano Miniatures』

――そして2022年9月にリリースされた『Piano Miniatures』は、『Piano Diary』の姉妹編として捉えていいのでしょうか?

「確かにこの2枚のアルバムには共通点があります。録音方法やセッティングもよく似ていて、同じピアノ(Bechstein)に同じマイク(Neumann U87)を同じ位置(Mid / Side)に立てて、同じ部屋(私のリビングルーム)で録っていますから。ただピアノは442Hzと、かなり高めのチューニングを採用しています。それに『Piano Miniatures』は、(ベルリンでの)ロックダウンがないときに作った作品なので、もう少し自由に呼吸ができているかもしれません」

2022年作『Piano Miniatures』収録曲“Since”
 

――『Piano Miniatures』では幼少期の遊び心や無邪気さへの回帰がテーマになっているそうですね。

「意識したわけではないのですが、演奏しているうちにノスタルジックな気分がしてきたんです。自分の心が幼い頃の時間にタイムスリップしていることに気がつきました。そこで、幼少期に過ごしたエルツ山地の山々に〈ピアノ小品集〉を捧げることにしたのです。私は5〜6歳くらいの小さかった(=ミニチュアな)子どもの頃に戻ったような気がしました。あの頃の遊び、木や馬、小さな機関車、小さなお城、そして街全体をブロックで作った、温かくて懐かしい感覚に戻ったんです。すべてが大きく見えていた頃を思い起こそうとしました」

――子ども時代の幸福な記憶として、まず思い浮かぶのはどんな風景ですか?

「私が育ったのは、レースニッツという小さな町です。クリスマスの時期になると、私のような子どもは町の人たちのためにクリスマスソングを歌ったものです。黒い合唱隊の服を着て、帽子をかぶり、アドベントの夕方には、棒に星を付けて、厚い雪の中を歩いて全部の家を回りました。そして、小さなコンサートの後には、お客さんからケーキやソーセージ、木のおもちゃやお菓子をもらいました。とても嬉しかったことを覚えています」

子ども時代に遊んだおもちゃの写真
 

――それが、音楽にどう繋がったのでしょう?

「ディテールこそが本当に大事なんだ、ということに気づいたんですよ。大事なことは、何を弾くかではなく、どう弾くか。小さなことだと思われるかもしれませんが、私にとっては大きな違いなのです」

――“My Father Shoes”という曲が収録されていますが、これは神父だったというシュミートさんのお父さんのことなのでしょうか?

「この曲は、私の友人で東京出身の偉大な靴のアーティスト/デザイナーである三澤則行さんに捧げたものです。彼は、私のために最も素晴らしいピアノコンサートシューズをデザインし、尽力してくれました。彼が靴のデザインのインスピレーションを音楽から得たことを知り、今度は私が三澤さんの靴からインスピレーションを得て音楽を作ることにしたんです」

2022年作『Piano Miniatures』収録曲“My Fathers Shoes”
 

――このアルバムには、親から子どもへの優しくて慈しみに溢れた眼差しも入っているように感じて、それがとても素敵でした。

「温かいお言葉を本当にありがとうございます。私には子どもがいて、コロナの時期はとても仲よく過ごしました。大変な状況では常にお互いを気遣い、愛情や優しい気持ちを示すというのが大切なことですが、 音楽で気持ちを伝えるほうが簡単な場合もありますし、その気持ちを共有できるのは幸せなことです。どこにいても理解してもらえるというのは、非言語としての音楽の特権ですからね」

 


RELEASE INFORMATION

HENNING SCHMIEDT 『Piano Diary』 flau(2021)

リリース日:2021年9月17日
品番:FLAU93
価格:CD 2,200円 LP 3,520円(いずれも税込)

TRACKLIST
1. Late
2. At Dawn
3. Thursday 7th
4. Some Afternoon
5. Sunrise
6. 25 to 7
7. Half Past
8. Saturday 27th
9. Midnight
10. Wednesday Morning
11. Friday 9th
12. Much Later
13. Tuesday 16th
14. Too Early
15. Twentyfive Past Four
16. 12:01 Am

 

HENNING SCHMIEDT 『Piano Miniatures』 flau(2022)

リリース日:2022年9月16日
品番:FLAU98
価格:CD 2,200円 LP 4,180円(いずれも税込)

TRACKLIST
1. Soon
2. Since
3. Stille Nacht
4. Early
5. Awake
6. If
7. Near
8. Sometimes
9. Therefore
10. My Fathers Shoes
11. Us
12. Because
13. Flow
14. Close
15. Recently