英国音楽、抵抗の半世紀
音楽(=ポップ・ミュージック)はどこで生まれるのか。音楽はいかなる環境下で育まれるのか。音楽は政治や経済の状況とどんな形で関わり、変容してゆくのか。音楽は人間や社会をどのように変えうるのか。そういった問題だけをひたすら考えながら現場に足を運び、現実を活写し、考え、世に問いつづけてきた頑固一徹の写真家、石田昌隆。
石田と私は30年以上のつきあいで、何度も取材現場を共にしてきた。彼が何を撮りたいのか、何を撮ってきたのか、十分に了解しているつもりだ。彼はこれまでも前述のテーマに沿った本(写真+文章)を何冊も発表してきたが、移民文化と英国音楽の関係をまとめたものを出さなくちゃ死んでも死にきれないだろうなと、私はずっと思っていたし、待ち望んでもいた。で、遂に登場したのが本書である。〈Struggle〉(=〈抵抗〉〈もがく〉)なる、これ以外にはないと思われるド直球のタイトルからも、人生をかけた彼の信念の強さ、情熱の深さが伝わってくる。
サブタイトルに「Reggae Meets Punk in the UK」とあるとおり、具体的にはレゲエとパンクの出会いがモティーフになっているが、ジャマイカなど西インド諸島だけでなくインド/パキスタンやアフリカ等からの移民たちの文化が英国の風土に溶け込み、あるいは相互に影響を与えあう中で、英国のポップ・ミュージックがどのように変容してきたのか、およそ半世紀の流れが写真と文章でつぶさに検証されている。計353ページ。82年にニューヨークで撮ったクラッシュのライヴ・ショットでスタートし、23年英国でのリトル・シムズまで、そのほとんどが6回の渡英時(84年、89年、95年、96年、99年、02年、23年)に撮影されたものだ。いずれも会心の一撮といっていい迫力ある写真からは、現場の匂いと音、そしてミュージシャンたちの人柄や哲学までがリアルに伝わってくる。そして、それらをめぐって静かに繰り出される思考と言葉の熱さ。
構成としては、大きく三つのブロックに分かれている。西インド諸島から48年に移住してきた人々、俗に言う〈ウィンドラッシュ世代〉による音楽(スカ、ロック・ステディ、レゲエ、ダブ、ラヴァーズ・ロック等)の英国での浸透と影響力について、モッズやパンクの動向を絡めながら解説した第1章。84年に約3ヵ月間滞在した時の、ミュージシャンたちとの交わりを軸にした現地リポート的第2章。そして、サッチャー政権下で経済がどんどん活況化していった80年代半ば以降の変化を確認した第3章。中でも特に、現場の状況が克明に記録された第2章は、音楽をめぐる旅のリポート、あるいは冒険譚としてもスリリングだ。音楽の匂い、ストラグルの匂いを探して街を徘徊し続ける愚直なまでの情熱と特殊な嗅覚こそが石田の最大の才能であることを再確認されられる。
レア・グルーヴやグラウンド・ビート、アシッド・ジャズ、ドラムンベイスといった新しい&オシャレな音楽が次々と開花していった90年代以降は、街の景色も急速に変わっていくが、それでも石田は、マッシヴ・アタックやゴールディーなどの洗練されたサウンドの中からストラグルの確かな意志をえぐりだしてゆく。強烈な歴史性にうらづけられたキャロン・ウィーラーの発言やルーザーとしての視点を忘れないジャミロクワイの姿など、感動的シーンも少なくない。
表面的には見えにくくても、移民の血、黒い魂は営々と受け継がれている。ストラグルは今なお続いている。本書に記録された英国音楽の半世紀はそう語っている。