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©Tadashi MIyamoto

ジャズスタンダードを弾くことに畏れがある

──こんな素晴らしいアルバムが世に出ることには感謝しかないです。アルバムは、若い頃からテリーさんが親しんできたジャズやポピュラーのスタンダードソングと即興のオリジナル曲で構成されています。〈「スタンダードを録音してみたら?」とは、友人や家族から長年言われていました〉と解説に書かれていますが、みなさんはなぜテリーさんにそんな提案をしていたのだとご自分では思われますか?

「私がそういう曲を弾くのを聴いていた人たちが、好いていてくれたんでしょうね。

ライナーノーツにも書きましたが、私にはスタンダードを弾くということに畏れがあるんです。偉大なジャズピアニストたちが長きにわたって演奏してきた古典ですからね。それらはすべて素晴らしい。そのうえで、私に何か付け足せることが果たしてあるだろうか? そう思っていたんです。今でもなお、敬愛するピアニストたちに恥ずかしくない演奏で、なおかつ自分なりのスタイルで弾けているのか自信がありません。

とはいえ、私はこのレコーディングをリリースすることにしました。きっと楽しんで聴いてくれる人もいるでしょう」

──今回選ばれた6曲をカバーしたのは、特に愛着があるからでしょうか?

「いいえ、この6曲だけ、ということではないです。若い頃、クラブでたくさんのスタンダードを何年もの間、演奏していました。私はいつもそのときそのときに思い浮かんだ曲を弾いているだけなんです。今回収録されたのもそのうちの6曲で、どの曲も大好きですが、選ばれた理由は特にありません。弾き始める直前に思い浮かんだんでしょう」

──こうしたスタンダードソングのメロディはテリーさんが演奏するにあたって〈思い出す〉ものですか? それともずっと自分の中にあり続けているものですか?

「私の全人生にとって、音楽はいつも共にあるものです。こうしたメロディは私にとても自然になじんでいます。

今回の演奏では、自分でこうした曲を演奏するために、自分らしいやり方で、異なる光を当てられるようにトライしました。スタンダードに対する私の解釈なんです。基本的には優しさのあるアルバムだともいえます」

 

©Mariko Miura

ジャズは私にとって栄養源のよう

──“’Round Midnight”の素晴らしい演奏が収録されていますが、1960年代当時、テリーさんにとってセロニアス・モンクはどのような存在でしたか?

「モンクの音楽をよく聴くようになったのは、私がサンフランシスコ州立大学に通っていた頃でした。ある作曲科の先生が教えてくれたんです。モンクの音楽を私がすぐに理解できたわけではありません。現代音楽の作曲について学ぶうちに、魅力がわかっていったのです。

モンクは、最高に強力な革新者でした。誰とも比べられない彼自身のスタイルというものをはっきり持っています。一聴しただけで彼の音楽だとわかってしまうんですから。

“’Round Midnight”など彼の演奏を私はずっと好きで聴いてきました。たぶん、それが最良の形で(レコーディングに)表れたのでしょう。でも、なぜあのとき“’Round Midnight”を思い浮かべたのかは、自分ではわかりません」

セロニアス・モンクの1951年作『Genius Of Modern Music, Vol. 1』収録曲“’Round Midnight”。録音は1947年、モンクによる同曲の最初の録音

──他にも好きなジャズミュージシャンはいましたか?

「私はいろんなタイプのミュージシャンが好きなんです。とりわけ、個性がはっきりした人たちに影響を受けてきました。たとえば、アート・テイタム。彼がジャズピアノに対して起こした革新を理解すべく、私たちは未だに苦闘しているのです。誰も聴いたことのないようなアイデアを音楽の外側から持ち込んでいるようにすら思える。ピアノを弾くうえでとてつもない自由を獲得しているんです。私にとってリストのトップは、アート・テイタムです。

アート・テイタムの1968年作『Piano Starts Here』収録曲“Tea For Two”

ウィントン・ケリーやエロール・ガーナーも素晴らしい。ガーナーは私が子供の頃、ジャズピアノの魅力を知るきっかけになりました。今でも彼のスタイルが好きです。彼の演奏もやはり予測不可能ですから。どこにたどり着くのか自分でもまったくわからないまま弾き続け、スタンダード曲にとってのとてつもなく大きくてクラシカルな形を作り出してみせました。自分から自然にあふれ出る創造力で、当時の限界を先へと推し進めたんです」

エロール・ガーナーの1954年作『Contrasts』収録曲“Misty”

──ジャズミュージックの変遷とご自身が追求されていた音楽とは影響し合う部分もありましたか?

「ジャズは私にとっての栄養源のような存在でしたよ。インプロビゼーションへの入り口だったんです。偉大なるアメリカの名曲群をジャズのプレイヤーたちが解釈してゆくのが好きでした。

子供の頃、私はいつもスタンダードを自分流にして弾いていました。ジャズっぽく弾いていたんじゃないですよ。ジャズなんて知らないうちから好き勝手に曲を変えて弾くのが面白いと感じていたんです。

とはいえ、ジャズは私に深く影響を与えました。ハーモニーの理想形があり、楽曲それ自体にも美しい形がある。その形はもっとずっと大きなものに拡張しうるし、和音に変化を与えることで楽曲から異なる色彩を引き出すことができる。キリがないんです。ずっと探求し続けることができるんですよね」