ノア・カーンとザック・ブライアンの〈開いている〉歌とコラボ志向
ただ、そんな中、いちリスナーとして特別なものを感じたのが、ノア・カーンとザック・ブライアンという2人のシンガーソングライターだった。どうスペシャルかはすぐにはわからなかったが、何かがピンと来て繰り返し聴いているうちに、のめり込むように好きになっていた。基本的にはアコースティックギターを弾いて歌っているわけだから、他とスタイルが大きく違うわけじゃない。けれど多くのカントリーシンガーが充足の中に〈閉じている〉印象があったのに対し、両者の歌は、どこか渇望に満ちていて〈開いている〉印象があった。ジャンルとしてのカントリーの典型的な様式にとどまるというよりも、フォーク、ロック、インディ、アメリカーナなどのエッセンスを吸収し、ポップスのリスナーの幅広い層に訴えかけるような風通しの良さを感じた。
実際、両者のアーティストとしての特徴は旺盛なコラボレーションにある。
ノア・カーンはバーモント州出身の27歳。2022年にリリースしたアルバム『Stick Season』がじわじわと評判を集め、2023年に入ってから一躍ブレイクした時代の寵児だ。彼が注目を集めるようになったきっかけのひとつは、ポスト・マローンやケイシー・マスグレイヴスなどをフィーチャリングに迎えた『Stick Season』収録曲のゲストバージョンのシリーズを継続的にリリースしてきたことにある。今年に入ってリリースされたUK出身のサム・フェンダーを迎えた“Homesick”の新バージョンも注目を集めている。


ザック・ブライアンは現在27歳、元海軍の軍人という経歴を持つオクラホマ州出身のシンガーソングライターだ。彼の最新アルバムでも、ケイシー・マスグレイヴスをフィーチャーした“I Remember Everything”やザ・ルミニアーズを迎えた“Spotless”など多様なコラボレーションを繰り広げている。
両者の綴る歌詞も印象的だ。ノア・カーンが歌うのはバーモント州の寒い田舎の風景。“Northern Attitude”や“Stick Season”や”The View Between Villages”などの曲には、そういう場所を舞台にした孤独や心の痛みが綴られている。
ザック・ブライアンの歌詞も豊かな情景描写が特徴だ。 “I Remember Everything”はかつて恋人同士だった男女がお互いの異なる思い出を歌う曲。歌詞に出てくる〈88年型フォード〉からは広大なアメリカの大地をドライブする風景が浮かぶ。アルコール依存症などをモチーフに、上手くいかない人生や疲弊する心をモチーフにした曲が多いという点でも両者には共通点がある。
ノア・カーンとザック・ブライアンの両者は仲間のような関係性でもある。昨年9月にリリースされたザック・ブライアンのEP『Boys Of Faith』にはノア・カーンをフィーチャーした“Sarah’s Place”を収録。さらに同EPの表題曲“Boys Of Faith”では敬愛するボン・イヴェールとのコラボも実現している。

考えてみれば、両者がコラボしたケイシー・マスグレイヴスはカントリーミュージックをポップミュージックへと〈拡張〉していくクロスオーバー的な意識を持った先達でもある。そういうタイプの新世代のシンガーソングライターが頭角を現してきたというのが、2023年のカントリーミュージックの躍進のひとつの側面であったのだろうと思う。