
みんなビリーが大好き
隙あらばお茶目さを発動しようとしてくるところもビリーのライヴならではの特徴だ。この日は「言っとくけど、ミック・ジャガーじゃないからね」と断りを入れ、腰に手をやりクネクネしながらローリング・ストーンズの“Start Me Up”をかましていたっけ。あとふとしたタイミングで時計が逆回転しだし、ただの音楽好きの少年へと戻ってしまうビリーが拝めるのもまた、ならではの魅力。「(頭を撫でながら)まだ髪の毛があった頃の曲なんだけど、高音出すところが多くてね」なんてボヤきつつ、完璧なヴォーカル・コントロールを駆使して“An Innocent Man”をビシッときめた彼は、リズム・アンド・ブルースをこよなく愛するダウンタウン・ボーイそのものだった。メンバーたちとのアカペラ・ハーモニーが絶品だった“The Longest Time”では、トーケンズの“The Lion Sleeps Tonight”をイントロダクションにし、自身のルーツともいえるホワイト・ドゥワップの歴史をサラッと垣間見せるあたりもサスガ!と唸らされたし、川つながりでアイク&ティナ・ターナー“Deep River Mountain High”を挟み込んだアフロ・リズム・チューン“River Of Dreams”(女傑クリスタル・タリエフェロによるティナばりの熱血シャウトが場をかっさらった)、久々の登板となった“Say Goodbye To Hollywood”などもこの日のハイライトにあげたい。個人的には、最高傑作『52nd Street』(78年)のA面曲がすべて聴けた!ということが嬉しく、ただただ静かな感動に浸っていた。
いつもどおり愛嬌満点だし、時を経ても相変わらずのタフガイっぷりがなんとも頼もしい。そんなビリーがみんな大好きで、彼の顔がスクリーンに映るたび、どうしようもなく顔がほころんでしまう様子がライヴ中こちらにずっと伝わってきたのだが〈私の人生においてあなたの音楽がどれだけ大事であるか〉――その気持ちをどうにか伝えようとする多くの熱が昂じた結果、会場に特別なヴァイヴが発生することとなり、それがビリーズ・バンドに波及して最高にホットなパフォーマンスを引き出したことはたしかだ。エンディングを飾った“Piano Man”のときにも、この特別な夜に感謝する想いを乗せた合唱の響きが素敵な彩りをもって我々の頭上に広がっていたことを記しておきたい。
アンコールでは、ギターを抱えてステージに現れたビリー。“We Didn’t Start The Fire”で火を点けると、“Uptown Girl”や“It’s Still Rock N Roll To Me”、“Big Shot”に“You May Be Right”(レッド・ツェッペリンの“Rock & Roll”をミックス)と怒涛のアップ・チューン攻勢を展開。しっとりした余韻を一気に吹き飛ばし、極上の爽快感を残して去っていった。すでに言われている通り、これが彼の最後の来日公演になるかもしれない。その事実をしっかり言い聞かせるつもりでいたのに、ちょっと無理そうな気持になっている自分がいる。こちらの胸にふたたび明かりを灯し直そうとしているのはそもそもビリーのほうじゃないか。だからいまのところは受け入れずにおこう。