旅に出たような気分だ。トランペッターの佐瀬悠輔とギタリストの小金丸慧による初めてのデュオアルバム『Nomade』を聴いた時、そんなイメージを抱いた。晴れやかなアンビエントミュージック風の幕開けから、アコースティックな器楽的セッション、ジャズミュージシャンならではのアドリブの応酬、あるいはストレンジな音響的実験やミニマル/ドローンな世界まで――まるで一編の映画を観終えたかのような気分になったのだった。それほど情景豊かな音楽だったとも言える。だがそれらがたった2人のミュージシャンの、しかも完全即興演奏の無編集録音によって作り上げられたと知ってさらに驚いた。
佐瀬悠輔と小金丸慧は同じ音楽大学出身で、ドラマー・秋元修のクインテットや廣瀬真理子とパープルヘイズ、佐瀬自身のリーダーバンドなど、約10年にわたってさまざまな場所で共演し続けてきた旧知の仲。その意味で活動領域は近いが、演奏家としてのタイプは大きく異なっている。佐瀬がジャズトランペッターとしてGentle Forest Jazz Bandのメンバーに名を連ね、石若駿のプロジェクトAnswer to Rememberに参加し、2021年のファーストアルバム『#1』でもコンテンポラリーなジャズサウンドを聴かせていた一方、小金丸は自身が率いるメタルバンドMysterious Priestessでギター&ボーカルを務め、Japanese Folk Metalではベースを弾き、さらに高円寺百景や是巨人といったアバンロック/プログレのバンドでも活動している。ほとんどジャンルを異にするミュージシャン同士なのだ。
これほどタイプの異なる2人のミュージシャンが、デュオインプロビゼーションで、いったいなぜこのような魅力的なアルバムを生み出すに至ったのか――その謎に迫るためにも、時にはあえて即興批判者の役回りを演じつつ、佐瀬と小金丸に話を訊いた。
ジャズを志したトランペッターと最強のメタラーになりたいギタリスト
――佐瀬さんと小金丸さんは洗足学園音楽大学ジャズコース出身ですよね。大学で知り合ったのでしょうか?
佐瀬悠輔「そうです。丸ちゃん(小金丸)が1学年先輩なんですけど、いつの間にか仲良くなっていて。大学内で練習している人を見つけたらドアを叩いて〈セッションしましょう!〉って入っていく文化もあったので、気づいたら一緒に演奏してました」
小金丸慧「サッポロ・シティ・ジャズに秋元修のクインテットで出たことがあって、2014年だったかな。ティグラン・ハマシアンのコピバンをやってたんです」
佐瀬「ベースの新井和樹くん(King Gnu/millennium parade)も一緒で、その時にすごく仲良くなった記憶があります」
――大学進学はジャズミュージシャンになるために?
佐瀬「僕は小さな頃からジャズミュージシャンになりたい、トランペットで仕事したいという思いがあって、ジャズコースを選びました」
小金丸「僕はずっとメタルをやっていたんです。メタルをやりすぎて、これだけじゃダメだと思って、正反対のジャズコースに進みました。夢は最強のメタラーになること(笑)。
そしたら、ティグランはルーツにメタルがあったり、逆にメタルでもアニマルズ・アズ・リーダーズのトーシン・アバシはジャズを取り入れていたり。そういうふうに僕も掛け合わせたくて。ジャズミュージシャンになるというより、自分のやりたいことをジャズで肉付けしながら磨いていければなと」
――高校まではメタルにどっぷり浸かっていて、大学では周りにジャズミュージシャンがたくさんいたわけですよね。異なるタイプの演奏家たちと巡り会ったと思いますが、どのような違いを感じましたか?
小金丸「メタルって自分との戦い的な突き詰める感じがあるんですけど、ジャズも一人で練習してるタイプが多いんです。だから感覚的には親和性がありました」
――佐瀬さんはいかがでしょうか? 小金丸さんはジャズギタリストにはない語法を持ち合わせていると思いますが、どのような違いを感じました?
佐瀬「違いはめっちゃ感じますね。ビバップを突き詰めているギタリストとは感性もプレイも違う。僕はそこが好きで。
ジャズをやる上で同じ言語で会話することは大事ですけど、別の言語の人がやってくると新しい音楽ができるじゃないですか。丸ちゃんと一緒にやると、自分にはない感性の音が飛んでくるので、いい影響を受けてます。気づいたら僕自身も普段やらないようなプレイをしていて、〈こんな音が出せたんだ〉とびっくりする瞬間があったり」
――佐瀬さんのファーストアルバム『#1』には小金丸さんも参加されていて、ポリリズムや変拍子などリズムが複雑な曲もありますよね。メタルにも複雑な曲は多いですが、コンポジションという面でどのような違いを感じますか?
小金丸「リズムに関してメタルはグリッドを重視すると思うんです。『#1』の音楽性はいわゆるジャズではないですが、あのアルバムでやっているような音楽のフィールドだと、リズムを訛らせたり、テンポが遅れても速くなっても許容されるところがある。それは楽しいですね。『#1』はクリックも使わずにレコーディングしました」
――佐瀬さんはいかがでしょうか? オーネット・コールマンのようなフリージャズと比べたら、『#1』のリズムはグリッドがはっきりしているとも言えますが。
佐瀬「ドラマーのプレイにもよると思います。『#1』だと秋元修が凝ったリズムが好きで、4拍子を5拍子で取ったり、5拍子を3拍子で叩いたり、そういう置き換えが得意なので。それでグリッドが緩く聴こえるところがあるんじゃないかな。よく聴くとドラムだけ変なことをやってるんです。そこも面白いなと思います」