眠れない夜のメランコリックな時間、遠い記憶に想いを馳せて……またも作風を転換して桁外れのヒットを記録中の新作『Midnights』が放つ麗しい魅力に迫る

眠れぬ夜のイマジネーション

 米ローリング・ストーン誌から英ガーディアンまで欧米メディアがこぞって絶賛。満点となる5つ星を付けて、〈知的でリッチ〉〈思いの他にフレッシュ〉〈彼女の最高傑作〉と賞賛の言葉を惜しまないテイラー・スウィフトのニュー・アルバム『Midnights』。30歳の娘に勧められて聴いたというブルース・スプリングスティーンは〈いいアルバムだよ。彼女には凄く才能がある。とてつもなく素晴らしいソングライターだ〉とベタ褒め。親友セレーナ・ゴメスはもちろん、U2のボノや女優のリース・ウェザースプーンも興奮気味で、〈大好き〉〈素晴らしい〉を連発する。しかもセールス面での記録がぶっ飛んでいる。英米をはじめとする世界各国のアルバム・チャートで軒並み1位を獲得。アメリカでは過去7年間でもっともビッグな初週セールス記録を打ち立てた。同作からのファースト・シングル“Anti-Hero”も、もちろん各国チャートのトップを制覇。アメリカではシングル・チャートの1~10位を彼女の曲が独占するという異常事態になり、これはもちろん史上初の快挙。毎回アルバムを発表するたびに狂騒を巻き起こしてきたテイラーとはいえ、今回は特に桁外れという印象だ。

TAYLOR SWIFT 『Midnights〈Moonstone Blue Edition〉』 Republic/ユニバーサル(2022)

 『Midnights』と題された通算10作目のアルバム。そのタイトルを耳にして、夜のしじまを思わせる、ぼんやりした音像の、眠りを誘うアルバムじゃないかと勝手に想像していたら、これが違っていた。彼女が眠れぬ夜に書き綴った、というこのアルバム。過去の出来事や想い出、恋愛などを振り返りながら、あれこれ思いを巡らせる。イマジネーションをどんどんワイルドに膨らませ、深夜のベッドルームから飛び出していく。ここ数作においては架空の人物や他者のストーリーテラーというスタイルに傾倒していたが、プライヴェートを題材にしたかつての彼女らしい作風も復活した。

 例えば先述のシングル“Anti-Hero”は、彼女自身の悪夢にインスパイアを受けたというもの。いくら年齢を重ねても、自分に自信が持てなかったり、鬱になったり、自己嫌悪に苛まれるという、彼女自身のメンタルヘルスにまつわる葛藤が歌われる。MVには、以前から告白していた摂食障害との闘いを思わせる、体重計に乗って顔をしかめるシーンも差し挿まれ、スーパースターであるにもかかわらず、一般人と同じ問題を抱え、悩まされていることを知らせてくれる。とはいえ、リリックの重いテーマとは裏腹に、サウンドは至って軽妙、ポップなシンセが高らかに鳴り響く。

遊び心とユーモア

 テイラー自身によると今作は〈もっともダークなアルバム〉とのことだが、音使いやムードに関しては、ふんわり、軽やか。エレクトロニックな音色が躍動感に溢れている。メランコリックだが、どこか吹っ切れて、突き抜けている印象も。彼女と共に曲作りとプロデュースを手掛けたのは、ブリーチャーズのジャック・アントノフ。10年来の親友である彼が、プログラミングやシンセ、ドラム、ギターなど、演奏面でも協力する。ケンドリック・ラマーらを手掛けるサウンウェイヴも数曲に参加。さらに2020年作『folklore』と『evermore』で大役を果たし、過去作の再録アルバムにも関わるアーロン・デスナー(ザ・ナショナル)がボートラなどで共作/プロデュースを担当する。

 また意外なところでは、レニー・クラヴィッツの娘である女優/歌手のゾーイ・クラヴィッツがオープニング曲“Lavender Haze”の共作者に名を連ねていたり、テイラーのパートナーである俳優のジョー・アルウィンがまたもやウィリアム・バワリー名義で共作していたり、たまたまスタジオにいたという俳優のディラン・オブライエンも“Snow On The Beach”にドラマーとして参加。ディランは、テイラーが監督した昨年11月発表の映像作品「All Too Well: The Short Film」(アルバム『Red (Taylor’s Version)』収録の“All Too Well”の10分ヴァージョンを基にしている)で共演した仲。またその“Snow On The Beach”には、ラナ・デル・レイがデュエット参加しているのも大きな話題だ。アントノフが引き合わせたと思われる両者のコラボは、どちらのファンからも歓迎されそうなアルバムのハイライトのひとつとなっている。同曲の中では〈ジャネットみたいに“All For You”〉という一節が歌われ、名指しされたジャネット・ジャクソン本人が〈夢みたい〉と大喜びでSNSに投稿するビックリな展開も。そんな遊び心やユーモアがちりばめられた、フットワークの軽さも本作の特徴だ。“Bejeweled”のMVでは、シンデレラを思わせる役を演じるテイラーが床磨きをしながら、ローラ・ダーンやハイム3姉妹に虐められる、というひねくれた筋書きで笑わせてくれる。

過去を振り返ったことの影響

 昨年テイラーは、2008年の『Fearless』と2012年の『Red』という2枚の過去アルバムを再録音。リリースされた2枚の〈Taylor’s Version〉は、共に英米でNo.1を記録した。それらの制作の過程では、当然ながら過去の楽曲や出来事、テーマや歌詞を振り返ることも多く、新作にも大きな影響を及ぼしているという。例えば“Maroon”(えび茶色)という曲がアルバム『Red』を想起させる内容だったり、以前に発表した曲の歌詞がそれとなく引用されていたり。『Midnights』を聴いていると、テイラーと一緒に過去のフォト・アルバムを見返しているかのような、そんな気分にさせられる。

 テイラーと言えば、日本ではカントリー系からポップ系に大変身を遂げた2014年作『1989』や同作からのヒット・シングル“Shake It Off”のイメージが強烈かもしれないが、その後も確実に進化と成長を遂げてきた。コロナ禍に発表されたフォーク色の強い『folklore』や『evermore』では、ソングライターとして広く認められ、大人のリスナーからインディー・ロック・ファンまでをも魅了。いまや〈スウィフティー〉と呼ばれる彼女の熱狂的ファンは、同世代の女子のみならず、人種、性別、世代を超えてますます広がりを見せている。本作には、そうした近作のリファレンスや考察も多数登場するので、それらを知っておいたほうが楽しめるのは間違いない。彼女自身がこれまでの作品や人生を俯瞰的に見返しているかのような『Midnights』。やはり〈真夜中〉に聴くのがベストじゃないかという気がする。 *村上ひさし

テイラー・スウィフトのニュー・アルバム『Midnights』(Republic/ユニバーサル)。左から、〈Moonstone Blue Edition〉〈Jade Green Edition〉〈Blood Moon Edition〉〈Mahogany Edition〉

テイラー・スウィフトの近作を紹介。
左から、2019年作『Lover』、2020年作『Forklore』『Evermore』、2021年作『Fearless (Taylor’s Version)』『Red (Taylor’s Version)』(すべてRepublic)

『Midnights』に深く潜っていくための関連盤を少しだけ紹介

 今回の『Midnights』を総合サポートしたのは、『Lover』(2019年)でテイラーと好相性を見せた売れっ子のジャック・アントノフ。今年はThe 1975のアルバムやサントラ『Minions: The Rise Of Gru』をガッツリ手掛けるなど大活躍中だが、ここ数年の大仕事ではラナ・デル・レイやクレイロのアルバムがテイラー作品にも通じるところ。また、ジャックとテイラーはオリヴィア・ロドリゴの大ヒット“deja vu”もコライトしているのでお忘れなく。そんな磐石のコンビネーションに“Lavender Haze”(ローラウルフでも活動したゾーイ・クラヴィッツが共作)などで絡むのはケンドリック・ラマーなどで知られるヒップホップ畑のサウンウェイヴで、テイラーとは『Lover』に収録された“London Boy”以来の手合わせ。最近ではガブリエルズなどに独自のアトモスフェリックな作法を落とし込んでいる。なお、インディー・フォーク路線をメインで支えたアーロン・デスナーは、彼とジャスティン・ヴァーノンが組んだビッグ・レッド・マシーンのアルバムにテイラーを招いたり、リース・ウィザースプーン製作の映画「Where The Crawdads Sing」におけるテイラーのフォーク新曲“Carolina”をアーロンが手掛けるなど、作風に応じて今後も絡みは多そうだ。 *轟ひろみ

左から、ラナ・デル・レイの2021年作『Chemtrails Over The Country Club』(Polydor)、クレイロの2021年作『Sling』(Fader/Republic)、オリヴィア・ロドリゴの2021年作『Sour』(Geffen)、ガブリエルズの2022年作『Angels & Queens Part 1』(Atlas Artists/Parlophone)、ゾーイ・クラヴィッツが参加した2017年のサントラ『Big Little Lies』(Abcko)、ビッグ・レッド・マシーンの2021年作『How Long Do You Think It's Gonna Last?』(Jagjaguwar)、2022年のサントラ『Where The Crawdads Sing』(Decca)